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第3章 チンコケースは七転び八起き
第3章 チンコケースは七転び八起き
チクチク痛っ、チクチク痛っ。
世良は独り暮らしのアパートで深夜、裁縫道具と格闘していた。ちなみに「痛っ」は縫い針を毒づくもので、指を突いた回数は、もはや数えきれない。
夜なべして針仕事に励むとくれば童謡の世界だが、こちらは不純な動機に基づいてのチクチク。学ランの丈を詰めるなどの加工をほどこした昭和の不良に倣って、制服のスラックスを改造しているのだ。
引き締まっていながら適度に丸みを帯びて国宝級、と絶賛を浴びる美尻を際立たせるべく、チクチクチク。
「割れ目に沿ってオーガンジーをあしらって……エロ奥ゆかしくて完璧じゃん」
その工夫を凝らした部分を、四隅をマジックテープで留める共布で覆っておくのがミソだ。仮名・鈴木さんに荷物を届けた、回れ右をした、たまたま靴紐がほどけてしゃがんだ。
この一連の動作にともなって件 の共布とのあいだに隙間が生じ、玉門へ至る魅惑の溝が見え隠れする寸法なのだ。
わび・さびに美を見いだす日本人はチラリズムをこよなく愛し、シースルーに弱い。
伸びをしながら後ろへ倒れていき、ベッドに上体を預けた。貴重なくつろぎタイムを削ってまで内職に励むなんて、マメと言うか、いじましいと言うか。
苦笑がにじみ、垂れ目がいちだんと垂れると、知らず知らずのうちに嗜虐心をくすぐるオーラを発するのは、さておいて。
キクアナ運輸の広告塔を兼ねる精鋭部隊のプライドがかかっているのだ。特製スラックスは対・若草の秘密兵器。今後、配達に伺う折にはこいつに穿き替えて、ちらりちらりと悩殺してさしあげるのだ。
天然なのか、それとも計算ずくのことなのか。ハンコこと、イチモツを出し渋ってくださる御方を陥落させるにあたって色仕掛けは基本中の基本なのだから。
たびたびレジデンス・デイジーホールの四〇六号室を訪ねるということは、秘密兵器の出番も多いということ。細工は流々、仕上げを御覧 じろ。会心の作をハンガーにかけて、惚れ惚れと眺める。
あしたは非番だ。深夜までがんばった自分へのご褒美に缶ビールのプルタブを引いた。網戸にして開けてある窓から涼風 が吹き込み、金髪をそよがす。ひとふさ指に巻きつけた。美容師見習の弟に無理やり染められたこれのせいで、
「若草さんてば、おれをチャラ男だと思ってたんだった。おれだって、あの男性 は典型的な草食系だと思ってたつーの」
その正体が魔術師のようにエロ言語を自在に操る官能小説家だったとは、エクスクラメーションマークを何百書き連ねても言い表すことができないほどの衝撃の事実。そのへんの猫がふつうに話しかけてきたほうが、びっくりしなかったかもしれない。
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