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第19話

 プルタブをもぎ取った。相手は所詮、客のひとりにすぎない。ならば、どうして若草に限って恐ろしく気になるのか。  いまだ神秘のヴェールに包まれているイチモツに対して、一種の狩猟本能をかき立てられるせいだろうか。確かに非売品のフィギュア目当てにUFOキャッチャーで、ムキになって有り金をはたいた、という前科があるのだが。 「案外、マジで恋愛感情に根差してるとか……やっべえ、暗示にかかりかけてたわ」  れ・ん・あ・い・か・ん・じょ・う、と唱えるのに合わせて、チョキをかたどった指で(くう)を切り刻む。  宮内は、を食らってしょげ返る、わんこさながらのジタバタぶりを面白がって、からかってくれたのだ。仮に逆の立場だったら、宮内をいじりたおす。 「問題点を整理するぞ。いいか、おれが興味をそそられるのは……」  金庫にしまい込まれているようなイチモツであって、若草本人は二の次、三の次だ。断固として、そうなのだ。  非番を挟んで日常が戻る。とある和菓子屋へ集配に赴くと、初夏の風物詩だ。水ようかん、と染め抜かれた(のぼり)が店先ではためいている。  ……で、つい買ってしまった。コーヒー味と抹茶味のものをふたつずつ。今日も今日とて若草宅に配達する予定がある。そのさいには仮病を使ってでも部屋にあがらせてもらい、ドサクサにまぎれて〝チンコでハンコ〟をせしめるという、さもしい魂胆は毛頭ない。  どこからどう見ても〝ふたり分のお茶菓子を手土産に購入した図〟だが、断じて違う。大の甘党かもしれない若草への差し入れに、多めに買い求めただけだ。 「こないだみたく電池切れでへばっちゃ、可哀想だもんな」  しつこいようだが繰り返す。一緒に食べよう、と誘ってもらえる可能性があるかもなんて微塵も考えていない。を狙ってなんか、ないと言ったら、ない!  通い慣れた道を走って、配送車をレジデンス・デイジーホールに横付けにする。荷室に移って、このマンションに届けて回る段ボール箱をより分けていると、 「世良くん? やっぱり世良くんだ。入れ違いにならなくて、よかった」  涼やかな声が鼓膜を震わせ、にもかかわらず白バイに停止を命じられたかのごとく、どきりとした。  わざと十、数えてから振り向く。すると若草が配送車に歩み寄ってきながら、バゲットがはみ出したエコバッグを掲げてみせた。  ──問、ポロシャツにコットンパンツという爽やかテイストの彼の職業は?   大学共通テストで、もしもこんな問題が出た場合、  ──ねちっこい描写で可憐な美少女をいたぶる官能小説家。  受験生の正答率は果たしてどの程度だろう。走り梅雨のくすんだ景色の中にあって、若草ひとりが光り輝いて見える現象は、眼球と脳のどちらが異常をきたしたせいなのか。

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