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第20話

 ともあれ地面に降り立つ。ちわっす、とキャップをちょいとずらして挨拶するのが最善手だ。ところが妙にどぎまぎするあまり外国人観光客への街頭インタビューを日本語に吹き替えたような、頓珍漢な受け答えぶり。 「ほっ、本日はお日柄もよく、若草さまにおかれましてはご健勝の様子、たいへん喜ばしく思いま……痛っ、べろ嚙んだ」  黒猫が配送車の傍らで、(あし)をおっぴろげてペロペロと毛づくろいをはじめた。やーいマヌケ、と世良を嘲笑うように。  若草が口を真一文字に結んだのは噴き出すのを堪えているからに違いない。バゲットをゆらゆらと振って黒猫をじゃらすのも同様で、笑いの発作をやり過ごすと、荷室を覗き込んで曰く。 「なじみの古書店から配送完了の連絡をもらったやつが、この便で来ていないかな。あれば受け取っていくよ。世良くんも一軒分、楽ができるよね?」 「ござ、ございます。若草さまへのお荷物も運んでまいりましたでございますが、お客さまの手を煩わせたとあっては切腹もの!」    と、再び吹き替え調でまくしたてながらカニ歩きで荷室の前に立ちはだかった。道ばたで受け渡しをすませて「さようなら」なんて勘弁してくれよ、である。  四〇六号室にゴールインするまでの間に、たとえ若草本人が斧を振り回して襲いかかってこようとも荷物は死守してみせる。なんたって〝チンコでハンコ〟へと至るパスポートに等しいものなのだから。  なるほど古書店発だけあってずっしり重い段ボール箱をはじめ、他家宛のスーツケース、その他を台車に積み替えていると、 「夏の制服は、ずいぶん奇抜なデザインだね」  興味津々といった視線がスラックスへとそそがれた。上体をひねり気味にうつむいた先で、シジミチョウがマジックテープに(はね)を搦め取られてもがいている。  世良は何食わぬ顔でチョウを逃がしてやり、だが手汗にまみれて鱗粉がざらつく。例のシースルーに加工した箇所は、悩殺作戦のキモだ。ここ一番というときに、ちらつかせてこそ真価を発揮するというのにフライングもいいところだ。共布がたぐまって、自慢の(なま)めかしいラインが覗いてしまっている!  若草は望遠鏡の倍率をあげる(てい)で眼鏡に触れると、なおもスラックスを見つめる。面白いズボンでちゅね、と黒猫の喉をくすぐってやったあとで、右手の指を三本立てた。 「素肌の露出面積が広いということは、ふんどしを締めている、あるいはTバックを穿いている、大穴でノーパン。正解は、どぉれだ」  「Tバック、プラス……」  チンコケースをごにょごにょと濁す一方で、さりげなくステップに足をかけた。執筆の参考になるかも、と称して若草を荷室につれ込み、さわって確かめてみるよう促して──段取りを頭の中でおさらいしていたばかりに後れをとった。  当の若草が背後に回り込んでしゃがみ、とびだす絵本を分解するふうに共布をマジックテープに留めつけなおしたり、剝がしたりを繰り返す。

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