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第21話

 世良は気をつけをして視姦めいたシチュエーションに甘んじた。正直な話、うれしい悲鳴をあげたくなる食いつきっぷりだ。縫い針で指を突きまくりながらがんばった甲斐があったものの、やはりめくられる側から、コットンパンツならびに下着をめくる側へと攻守、所を変えたい。 「あっ、あの、男のケツを道ばたでガン見するのは軽く変態入ってます」  だから荷室に場所を変えましょう、と暗にほのめかす暇もあらばこそ、 「珍しいものは、じっくり観察しないと気がすまない性分なんだ。一種の職業病だね……じっとして」  すごい目力に射すくめられて、いっそう固まった。尻たぶを鷲摑みにしたうえで()め回すさまは、よく言えばテーラーが出張して採寸を行っているところ、悪く言えば街なかに突如、ストリップ小屋が出現したくらい異様な光景だ。  黒猫は世良にネコパンチを一発おみまいしてから走り去り、通りすがりの人はあわてて回れ右をした。  色即是空、空即是色、世良はぶつぶつ唱えて解放してもらえるのを待った。若草が割れ目を仰ぐ角度で共布と戯れている間も段ボール箱を半端に持ちあげた状態で微動だにしなかったのは、プロ根性のなせる(わざ)。  とはいえ腕が痺れてきて、ヤバい、段ボール箱が傾いていく……。  どけ、どけ、どけい! と自転車のベルに急き立てられる。助かった。素早く若草から離れるなり、台車をエントランスへと進めた。 「スケスケなのは蒸れ防止です。おれら宅配ドライバーは運転しっぱなしってとこがあるんで、あせもができやすいんで」 「なるほど。扇風機を内蔵した作業服と原理は同じだね……一緒に乗っていくから〝開〟のボタンを押してくれないか」    エレベータは住人優先。掟を破り、若草を集合ポストの前に置き去りにして〝開〟を連打する。ケージが上昇しはじめたとたん、へたり込んだ。 「作家っつーのは、みんなイカれ気味とか? 理解できねえ、けど癖になるっぽい」  増築に増築を重ねて迷宮と化したように、別の部屋にはいるたび新しい発見がある──若草の実像に迫るにつれて、面白みは増す一方だ。こちらが関心を抱く、その四分の一でもいいから〝世良愛一郎〟にも興味を持ってほしいと願ってしまって、 「はあ、青臭い悩み……」  家族構成でもいい、一ヶ月あたりのチンコケースの使用数でもいい。パーソナルデータを蓄積する意図のもとに質問攻めにしてくるぶんには、精通を迎えた年月日だって喜んで答えちゃう。  一体全体なにがどうなって、若草に対して分類しがたい感情が芽生えたのか不思議でしょうがない。ゴルフバッグやクッション封筒などなど、というぐあいに種々雑多な荷物をパズル感覚で荷室に積み込むのは得意なのだが。

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