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第24話
さて街が霧雨にけぶる数時間後。改めておじゃました1LDKは相変わらず本だらけで足の踏み場もない。それでも二回目の訪問とあって少しは慣れて、ケンケンパの要領でソファに行き着いた。
「はい、お持たせだけど」
アイスコーヒーのグラスと、竹筒に入った水ようかんがローテーブルの上に並んだ。教科書通りのおもてなしてを受けているにもかかわらず、一服盛っていないよな、と危ぶんでしまうのは、なぜなのかしらん?
光の加減にすぎなくても、レンズの奥の双眸が企みを秘めて輝いたように見えたせいなのかしらん……?
「さて、と。これに着替えてくれるかな」
そう切り出してきた折も折、竹筒の底を付属の針でつついてやると、ちゅるっぽんと飛びだした水ようかんが皿の上で跳ねた。釣りあげられて、もがく魚のように。または世良の行く末を暗示するように。
「着替えるとは、いったい……?」
「自宅で通勤着に、会社で制服に、身なりを改めるのと同じことだよ」
若草はにっこり笑った。幾久しくお納めください、とばかりに、一般的にはスーツを入れて持ち歩くのに用いるガーメントケースを天板の上ですべらせてよこす。
たとえば稼働中の扇風機の羽根、たとえば宝石のように美しいドクガエル。危険を承知でさわってみたい、という誘惑に駆られるものがある。
ガバメントケースも同様のオーラを発する。開けるな、見るな、と第六感が警告を発しても好奇心に負けた、で、後悔した。
世良の右手は、ケースの中からあるものをつまみ出した。つるりとした肌ざわりで三角形のそれは、中学時代の妹が毎朝結び方にこだわっていたあれだ、と懐かしさを覚える。
だが、これと着替えるという行為がどう結びつくのか、理解するのが怖い。と、いうより、これについて理解するより木星までの距離を弾き出すほうが遙かにたやすい。
指が小刻みに震えだして、純白のそいつがはらりと膝の上に落ちた。ホホジロザメに噛みつかれでもしたように絶叫が迸った。
「ぐええええええええええええっ!?」
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