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第26話

 「おれのバカたれ、アンポンタン!」  と、世良が自分を頭をぽかぽか殴るのをよそに、若草は綺麗に切り分けた水ようかんを「ぱくり」。 「主人公は嬲られつづけるなかで太古の血が覚醒し、セクハラ教師どもを逆調教して君臨するに至る。前半はS男の、後半はM男の心を鷲摑みにするコストパフォーマンス的にも(すぐ)れた次世代型のポルノグラフィティが僕の、ここから……」  こめかみを人差し指でつついて続ける。 「誕生するのさ。世良くん、きみは陰の功労者となるわけだ、素晴らしいと思わないかい」    などとドヤ顔でうそぶくなんて、神経を疑いたくなる。世良は金髪をがしがしと搔きむしり、するとスカーフで首筋をくすぐられた。 「夜は短い、早く着替えておいで」 「コンセントレーションを高めてるとこ!」  憤然と席を立って、さっさと帰るのが正解の場面だ。ところが墓穴を掘ったに等しい科白を吐いてしまうありさま。雑巾を絞るようにハイソックスをねじり、だが野球はツーアウトからという格言がある。あきらめるのは、まだ早い。話の持って行き方次第では〝チンコでハンコ〟の仮契約を結んでおける。 「フェアにいきましょうよ。交換条件として、おれの頼みも聞いてもらいますからね」 「わかった、しかるべく善処するよ」  と、鹿爪らしげにうなずく。それでいて一瞬、目が泳いだのは気がとがめるものがあるせいではないだろうか。なぜなら善処するとは、ウヤムヤのうちに幕引きを図ろうと目論む政治家の常套句……。  たかがセーラー服、されどセーラー服。  ルーツは水兵服のそれは、制服という概念を超えて少女漫画史および邦画史に燦然と輝く名作を生み出した。ヨーヨーを武器に悪人を成敗するス〇バン刑事(でか)しかり。やくざの組長に担ぎあげられたすえ機関銃をぶっ放す女子高生しかり。 「……めっちゃ痛いコスプレイヤー、ってか大胆なイメチェン、ってか、何事も社会勉強みたいな?」  世良は洗面所にこもり、えい! と一式を身にまとった。仕上げにスカーフをふんわりと結ぶ。エグい、グロい、と洗面台の鏡を介して対面した姿をボロクソにけなすのは自分が可哀想すぎて、 「キモいのが一回転して、イケてるかもなんですけど?」  傷口に絆創膏を貼るような気分で、メイド喫茶でおなじみの萌え萌えハート風の(しな)を作ってみた。たちまち、へなへなと(くずお)れた。  (よわい)二十八にして女装デビューを飾る羽目になるなんて、とほほだ。自撮りでもしなきゃやってられない、とヤケのやんぱちでスマートフォンを掲げた。それから〝チンコでハンコ〟の精鋭部隊に画像をグループLINEで送る。一蓮托生だ、全員まとめて笑い死ぬがよい。 「……肚をくくるか。若草さんまで笑いこけてくれたらギャン泣きしてやる」  つんつるてんのスカートに悲壮感を漂わせてリビングルームに戻った。そのままソファにどっかり腰かけると、パンチラ寸前までスカートがずりあがってしまいかねない。なので膝から下を斜めに流すアナウンサー座りを採用し、ちんまりと収まった。

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