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第27話

 若草が隣り合わせに腰を下ろした。台本をめくるように眼鏡のかけぐあいを調節すると、 「可愛い膝小僧が、さわってほしいとおねだりしているね。先生、ハアハアしちゃうよ」  そう、殊更(みだ)りがわしげに声を低め……たつもりのようだが棒読みもいいところで世良は内心ずっこけた。それでも若草は真剣な表情で、膝頭をふりだしに内腿に沿ってさわさわと掌を這わせる。 「くっ、くすぐったいですってば!」 「くすぐったい、は感じるの同義語だと先生が一から十まで教えてあげよう」 「いっ、淫行教師は懲戒免職です、人生詰みます!」  あわてふためいて裾を引っぱり下ろすと、掌が妖しく蠢くにつれてスカートが波打ち、かえっていやらしい。  それでなくとも若草のキャラ変ぶりは、砂糖水が海水に取って代わるレベルで常識を超えている。とんでも設定に基づいてノリを合わせるのは、エレベータが故障中のタワーマンションの最上階へ荷物を届けるより骨が折れる。  スカートを巡る攻防戦を繰り広げている最中、指先がTバックの中心をかすめた。世良はぎょっとして、ぴたりと足を閉じ合わせた。玉門をさらしてウエルカムは業務の一環だから平気でも、ペニスは秘仏並みに見ちゃダメを貫いている。  誰にでも譲れない線がある。世良の場合は、いじりたい放題にペニスをいじっても許すのは恋人のみ。もっとも哀しい(かな)、フリー歴を更新中だが。  さて、足を閉じたのが裏目に出た。指が微妙な位置に挟まったまま膠着状態に陥り、かといって、どちらかが勝手に動くとをぐりぐり揉む形になりかねない。  ──せーの、で指を抜くから頼むね。  ──了解っす。  以上、アイコンタクトによる協議がまとまった結果、事なきを得たものの気まずい空気が流れた。咳払いが期せずしてハモり、それは撮影現場で本番開始を告げるカチンコのように響いた。 「さあ、悪いようにはしないからおとなしくするんだ」 「それって、ひどい目に遭わせるときの決まり文句でしょうが……もとい、お願いです、おうちに帰らせてええええええええ!」  世良の演技経験は高校時代に文化祭の、クラス劇で割り振られた村人その一、だけ。  それでも下手くそなぶんを熱意で補う。〝チンコでハンコ〟という人参が鼻先にぶら下がっている、と思えばなのだ。  おれは純潔を(けが)されるのは時間の問題の少女、と自己暗示をかけながら背もたれにしがみつく。そのさい唇がわななくように努め、併せて嫌々をするあたり芸が細かい。  若草のほうもテンションがあがってきた。これ見よがしに舌なめずりをするさまは教え子を獣欲の餌食に知る鬼畜な教師の、それだ。

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