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第29話

 世良はいたわる(てい)で執拗に、丸まった背中を執拗に撫でまわした。さらに共犯者の笑みを浮かべて囁きかける。 「本音を吐くと、おれもノリノリだったんで、おあいこってことで」 「おためごかしは結構。下僕志願なんて冗談を真に受けて、きみの優しさに甘えた僕は救いようのない馬鹿野郎だ……」  伏し目がちにそう応じ、自らを幽閉するようにソファの下にもぐり込んだ。  即刻、若草をつれ戻すべし、ラジャー。と、いう次第でソファの前面側の床に這いつくばる。そのさいスカートが扇形に広がるよう、がばっと伏せたのはもちろん計算ずくのこと。  Tバックがぷりぷり具合を引き立てる双丘が見え隠れして、お芝居を再開する元気が出るに違いない。加えてイチモツがヤンチャになってくれれば、しめたもの。 「バカとか卑下するの、よくないっす。何事に対しても全力投球な人は、す……」  好きをごにょごにょと濁し、 「嫌いじゃないです、てか、カッコいいです」  向こう向きにうずくまったシルエットを射貫くように語勢を強めた。  じりじりしながら待つこと数分。頭のてっぺんが座面の陰から現れた、引っ込んだ。あなたは甲羅に隠れる亀ですか! そう怒鳴りつけたいのを我慢して、世良は疑似餌で魚を釣るように、腰をくねらせてみた。  すると効果覿面。匍匐前進の練習といったぎこちなさでもって、ずりずりと出てきはじめる。  ほくそ笑み、駄目押しに猫じゃらしを振り動かす要領でスカーフをひらつかせる。床板の木目は、目印にするのにうってつけ。あとは間合いを慎重に図ること。  ここ、と定めたタッチラインをウエストが越えた瞬間を狙って若草に馬乗りになる。抵抗を封じるとともに日々、梱包術で培ったノウハウを応用して、しゅばばばばっとコットンパンツをくつろげて差しあげるのだ。ボクサーブリーフなり、トランクスなりが「こんばんは」をした時点で勃起中枢が指令を下すはず。さあ、銃弾を装填せよ──と。  しずしず、もぞもぞとベルト通しが目標の地点に差しかかった。レディ、ゴー! 世良は全身のバネを利かせてインパラに襲いかかる豹のごとく、床を蹴った。  ところが若草は、いち早く台所に移動してのけた。野球で言うところのヘッドスライディングを決めたのが無駄になった世良にくやし涙を流させておいて。そして冷蔵庫のドアに手をかけて振り向く。 「今夜の失敗を踏まえて構想を練り直すためにも問題点を洗い出す必要があるなあ。ビールでも飲みながら反省会といこうか」 「……自転車通勤につき酒気帯び運転はヤバいんで、コーヒーのお代わりをよろしくです」    そんな模範解答で包み隠した本音は以下の通り。  女装してまで懸命に努力したのが屁の役にも立たなかったのだ、やけ酒を呷ってやる、泡盛でもウォッカでも持ってきやがれ! 毎朝、配達員が出社時に義務づけられている呼気検査に引っかからない程度の量、という但し書きがつくが。

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