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第30話

  「とりあえず……着替えてきます」  しょぼんと洗面所に向かい、そのくせ足取りは女子高生然と軽やかなのが、なんとも皮肉だ。いわゆる女の子座りに、お尻は床にぺたりとつけて、膝から下を八の字に開いた格好で今のひと幕を振り返ってみる。  そして、こんな結論に達した。セーラー服にハイソックスの合わせ技が炸裂してすら、ことイチモツがぴくりとも反応しなかったのは、根本的に欠けているものがあったせいに違いない。  つまりチョー堅物でさえムラムラきちゃうのは必至の……。  無意識のうちに胡坐をかいて、Tバックが丸見えになっているようでは、たおやかさもへったくれもないが。そもそも可憐な女子高生の股間からは余計なものはぶら下がっていないし、ましてや萌しっぱなしなんて悪い冗談みたいだ。  それだけ凌辱ごっこは刺激が強かった、と言えるのだろうか。未知の世界を垣間見て一種のカルチャーショックを受けた、その余韻が残っているというか。倒錯的な悦びに病みつきになりそうな危うさをはらんでいた、というか。  若草が流れでのしかかってきたときは、自分が本当にうら若い乙女であるかのようにびくついた。ついでに、うっかりときめい……、 「て、ない! ないない、これっぽっちも」  ときめく、という四文字そのものを消去するように手刀で(くう)を切り刻んだ。  顔を洗ってからソファに戻り、セーラー服の上下をガーメントケースに収める。自宅に持ち帰ったうえで再度、一式をまとって研究に励もう。若草を(けだもの)へと変える仕種を体得したのちにリベンジを果たすのだ。  と、決意も新たに拳を突きあげると、その拳をグラスでつつかれた。そして膨らんだガーメントケースに訝しげな視線がそそがれる。 「脱ぎ捨てたままでよかったのに、片づけてくれたんだ」 「スカートが皺くちゃに、っていうか汚したっぽいんでクリーニングして返します。ので、借りていくっすね」 「汚した……カウパー腺液がにじんで」 「そう、カウパー腺液がスカートがべとべとに……大事なムスコにおかしな濡れ衣を着せないでください、一滴もこぼれてません!」  ちょびっと勃っちゃったのはナイショ、ナイショ。世良は機密文書が入っている、というようにガーメントケースを抱え込んだ。するとレンズ越しの目尻に優しい皺がきざまれた。 「世良くんは、男前だね。暴走した作家魂の犠牲になっても、にこにこと朗らかで」 「だって最後はグダグダだったけど、楽しかったじゃないですか」  からりと氷を鳴らしてアイスコーヒーを飲み干す。夢想だにしなかった方向へ展開したとはいえ、若草の、また別の一面を知るというがついて得をした気分なのだ。  ん? なぜ顔が異様に火照るのだろう。男前と褒められたのが面映ゆいせいなのか。氷を嚙みくだき、腕をひと振りした。

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