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第31話

「に、しても本の量、半端ないっすね。脳筋男のおれには一生かかっても読み切れない数です」 「僕は反対に本がない生活は地獄だ。断食ならぬ断読を強いられたら数時間足らずで禁断症状が出て、のたうち回る」  世良は棒倒しの砂を慎重にかき取るように、うずたかく積まれた中から一冊、選んだやつをパラパラめくった。思えば曲がりなりにも本に目を通すのは、大学の教科書以来かもしれない。  書物にまみれて暮らす若草は本来、異星人さながら相容れないタイプで、なのに不思議なことに打ち解けた雰囲気が醸し出される。ただ時折、視線が絡むと甘やかな感じに心臓が跳ねるのが困りものではあるのだが。  ともあれ平和な時間は、長くはつづかない。 「本が増殖する一方のこの部屋は、活字中毒の僕にとっては繭、あるいは揺りかごなんだ。電子書籍を活用すれば置き場所問題は解決する? はっ、邪道だね。紙の匂いや手ざわりを愛おしむのも含めて読書の醍醐味なんだ!」  と、パピルスに綴られたあれがどうで、こうでに始まって怒濤の勢いでまくしたてる。教訓、愛書家を相手に(みだ)りに本の話題を振るべからず。退散しろ、と生存本能がわあわあ語りかけてくる。 「興味深い話の途中っすけど……えっと、えっと、そうだ! 今夜は白飯をまとめ炊きする予定だったんで帰らなきゃで、おじゃましましたあ~」  そう、わめき散らすのももどかしくボディバッグを斜め掛けにして、ガーメントケースを引っ摑む。玄関へ走り、スニーカーに足を突っ込んだのも束の間、凍りついた。  心霊スポットで肝試しをしているように寒気がする。おっかなびっくり(こうべ)を巡らせて、ひっ、と息を吞んだ。  若草がガラス戸の陰から半分だけ顔を覗かせて、そのうえ恨みがましい眼差しを向けてくる。怨霊が長い髪をぞろりと垂らしてテレビの画面から這い出てくる場面を連想する光景だ。皮膚が粟立ち、奥歯がガチガチと鳴りだしたところに、 「配達を抜きにして、プライベートでもまた遊びにきてくれるよね?」  地を這うような低い声でせがまれたら、こくこく頷く以外の選択肢があるだろうか。 「来ます、来ますとも! ご要望とあらば皆勤賞めざして日参してみせます」 「いや、時たま寄ってくれる程度で十分だから。でも、約束の印」  若草は苦笑交じりに歩み寄ってくると、ぼけっと突っ立ったままの世良の右手を掬いあげた。そして小指に小指を絡ませて、ゲンマンと唱える。

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