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第36話

 お品書きの短冊が壁にびっしりと貼られたここは、配送センターに程近い居酒屋だ。世良がお誕生日会でいうと主役の席に腰かけ、時計回りに市村、小森、宮内、木田がテーブルを囲む。  すなわち〝チンコでハンコ〟の精鋭部隊の仲よし五人組が、仕事帰りに軽く飲んでいるところだ。ちなみに先ほどのジョッキは市村の、枝豆は宮内の仕業である。  世良を除く四人が目配せを交わした。せーの、の掛け声に合わせて木田がタコさんウインナーを口に押し込んできた。 「世良が珍しく黄昏てる理由なんか、あれしかないっしょ。客の誰かさんにマジ惚れして、片思いをこじらせて、告って轟沈した」 「惚れ……もご……てないし……もご……告っても轟沈して……もご……も、ない!」 「はいはい、自覚症状に欠けてるやつの悪あがきね。恋愛音痴、あるある」  小森が天使の笑みを浮かべつつ、タコさんウインナーにつづいて鶏の唐揚げを詰め込んでくる。人をディスポーザー扱いしやがって、だいたいレモンのかけすぎだ、と声を大にして言いたい。 「やーい、恋わずらいだ、アオハルだ」  市村が自慢の胸筋をうねうねさせて音頭を取るのに併せ、他の三人は割り箸で皿をチャカポコと叩きながらアオハルと(はや)し立てる。 「アオハルはとっくの昔に卒業したし、恋なんかわずらってない!」  一対四では元より勝ち目がない。いじられてキレたお猿のように、わめき散らせば散らすほど〝みんなの玩具〟とのタグ付けがなされて、 「決を取る。世良が恋わずらいだと思うやつ」  右手が四本、一斉にあがるありさまだ。 「わかった、わかりました。嘘っこの恋バナで盛りあがる暇人に逆らうだけ無駄」  と、ふて腐れて山盛りのフライドポテトを独占する。とはいえ、おつむは至って単純にできている。恋わずらいの合唱を聴かされているうちにカミソリ負けしたのも、スーパーで買い物している間に愛車のサドルがブロッコリーにすり替えられていたのも、それが原因のような気がしてきた。  さて、わいわいガヤガヤ飲んで食べているさなか、宮内が改まった口調で切り出した。 「でも本命ができたんなら精鋭部隊から()ける感じ、か」 「あー、操立てするみたいな、だな」  木田が属性・兄貴分らしく鹿爪らしげにうなずくと、 「俺ら配達員カーストじゃ上位でも、本命が潔癖くんだと理解してもらうのは難しいだろうしな。フラれる要因を排除し解く意味でも脱退するのが正解かもな」  市村が椅子の脚を軋ませて後を引き取り、小森も真顔になった。

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