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第39話

「こんにちは、キクアナ……うおー、びっくりした!」  エレベータの到着音が聞こえるが早いか扉に駆け寄り、ドアノブを摑んで待ちかまえていたのかもしれない。若草は弾丸のように飛び出してきたばかりか、 「きみが今日は遊びにくるか明日はくるかと楽しみにしていたのに放置プレイかい、放置プレイなんだね。ひどい仕打ちだ」  開口一番なじりたおしてくださる。すがりついてこられて、可愛らしくポカポカと胸を叩かれかねない展開は予想の遙か斜め上をいき、勢いへどもどすると()めつけられた。 「納得がいく釈明を求める、ほら」 「えっと、ですね。LINEのIDを交換してないっしょ。アポなしで来ちゃって執筆の邪魔をしたら申し訳ない、と遠慮してました」 「優等生の発言だね、とってつけたみたいだけど」  いちおう合格点をもらえた様子に笑みがこぼれる。だがホッとするのは早かった。 「世良くんのチャームポイントを引き立てる、とっておきの衣装をえりすぐっておいたんだ」  紺色で布製の何かが、台車の握りにふわりとかぶさった。世良は洗濯物の皺を伸ばして干すときのように両端をつまんで広げ、目を丸くした。  コンクリートの床が豆腐と化したように足下が頼りない。問題、空欄に当てはまる文字は八つ。〝ち〟ではじまる名称を完成させよ。 「どへぇえええええええええええーっ!?」  日本新を狙える……かもしれない走りっぷりで廊下の端まで走って逃げる。学校に遅刻する、と怒鳴って布団を引っぺがす母親の傍らをすり抜けて洗面所に駆け込んだ少年時代のように。  あのときは夢精した痕がべったりのトランクスを握りしめていた。現在(いま)は拳を開くと、くしゃくしゃに丸めたが、蓮の花が咲くところを思わせて存在感を放つ。 〝とっておきの衣装〟と称するものは、昭和の風俗あれこれ的なテレビ番組で観た憶えがあるあれのような気がするが、ぜひとも似て非なる別の何かであってほしい。なぜなら、ちょうち……、 「……んブルマにそっくりだけど勘違いだよなあ、うん、勘違い」  聞こえよがしにそう言って、振り返る。衣装と(のたま)うからには〝新作の構想を練る〟シリーズの第二弾のために用意した品なのだろうか。ついては、また○○ごっこの相手役を務めろ、と……?  ちょうちんというより、貧相なカボチャ。体操服というより中世のヨーロッパ貴族が(すね)をむき出しにして穿いていた、あれ。  こんな妙にごわごわして不格好に膨らんだ代物(しろもの)で桃尻を包むくらいなら、一生涯ノーパンで通す呪いをかけられるほうがマシだ。 「念のために訊きます。まさか、こいつを穿く宿命(さだめ)だったりしませんよね?」 「それをね、愚問と言うんだ。大丈夫、世良くんの黄金の脚線美を持ってすれば穿きこなせる」 「穿きこなしたくなんか、ありません!」  と、ばっさり切り捨てて、ばっちい物を扱うような手つきで、ちょうちんブルマを躰からなるべく遠ざけた。

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