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第46話

 よよと泣きくずれ……るふりをして床にの字を書きまくる。ぎりぎり書斎スペースとして確保してある袖机の周りを行ったり来たりする若草へと、じっとりした眼差しを向けて、それでいて胸の奥で小鳥がさえずるような気分を味わう。  知的で綺麗系の眼鏡男子が、ピーッ! でピーッ! な卑語をちりばめて官能小説論を展開するさまは、 「あなたさまの(しもべ)になりとうございます」  足下にひざまずきたくなるほど神々しい。  魅せられて、にじり寄っていきかけた折も折、強烈な切れ味のパンチを浴びてマットに沈んだ感があった。 「世良くんはエロ神さまと交信するさいの増幅器、あるいは憑坐(よりまし)的な役割を果たしてくれる稀有な才能の持ち主なんだ。今夜はひときわ感度良好だっただけに、尻切れトンボに終わって残念で仕方がない」 「……おれは喜んで、ただ働きする便利屋みたいなもんっすか」  ぶっきら棒にそう言って、ちょうちんブルマをつまむ。ほかならぬ若草の頼みだから、と恥を忍んで薄らみっともない恰好をして〇〇ごっこに協力したあげく、期待に背いたような言い方をされるなんて、いい面の皮だ。  便利屋、と若草は鸚鵡返(おうむがえ)しに呟いた。ヒントがそこに載っているように現代用語辞典、逆引き辞典、加えて花詞(はなことば)集を書架から抜き取り、読み漁ったあとで、眼鏡をずらして瞼を揉んだ。 「発言の意図するところが、わからない」 「おれ自身、ちんぷんかんぷんっす」  おどけて肩をすくめてみせた。世良はほとんどの場合、喜怒哀楽のうち喜と楽の割合が全体の九割を占める。ところが心にわだかまるものがある現在(いま)は、なぜだか哀のパーセンテージが一気に高まる。  一卵性双生児同士でも以心伝心といくには限度がある。まして若草に対して一から十まで気持ちを汲み取ってほしいと望むのは、無茶ぶりがすぎる。  しかも勝手に拗ねて嫌味を言ったくせして、乳首が甘ったるく疼くようではザマあない。髪の毛を搔きむしり、体育座りに膝を抱えた。  体操服の裾を引っぱって、その膝をくるむという萌えポーズを取るあたり、仕事で培ったサービス精神を遺憾なく発揮したと言える。 「シラけさせて、さーせん……ってか、許してちょ?」 「いや、僕こそ難題を吹っかけて……その消えも入りなん風情だよ! 清楚、可憐、無垢の本質をしっかり捉えているじゃないか!」 「ちょっと、怖いんですけど!?」

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