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第6章 チンコケースのいななき

    第6章 チンコケースのいななき  季節は移ろい、蝉がミンミン、ジージーとやかましい。夏本番──それはガテン系には地獄を意味する。  世良もまた、ヒィヒィ言いながら仕事をこなしていた。猛暑日に重たい段ボール箱を抱えて団地の四階にあがりました、配達時間を指定してあったくせしてお届け先は留守でした、というときは消火栓のひとつも蹴飛ばしたくなるのが人情というものでしょう。  それでも受け持ちの地域を走り回り、のお宅で〝チンコでハンコに(いそ)しむ日々の営みに、さしたる変化はない。  悟りを開いたのだ。脈がないイチモツに執着して(いたずら)に時間を浪費するより、開拓精神に則って新たな一本をチンコケースでもてなすほうが建設的だ──と。  イソップ物語によく似た話がある。あのブドウはどうせ酸っぱいから食べそこなって逆に幸いだ、と負け惜しみを言うキツネと世良は似た者同士だ。  悩んだすえ紙袋に入れて四〇六号室のドアノブに引っかけておく形をとったにしても、ちょうちんブルマとセーラー服を返してしまえば、プライベートで若草宅を訪ねる理由は、もうない。  AIによる抽選の結果、若草が〝チンコでハンコ〟の権利を獲得したときは、独断でにして、配達時はビジネスライクに徹する。 「ここのところ机にかじりついて原稿とにらめっこしつづけているんだ。真っ昼間に表をうろつくとヴァンパイアみたいに(ちり)と消えるかもしれないよ、トレードマークの眼鏡だけを残して」 「その眼鏡を拾ったら一応、預かっときます」  彼のペースに巻き込まれるべからず、という自分に課したルールを守ってさっさと話を切りあげるよう努める。  ──微力ながら誠心誠意、協力する所存っす。別口の乙女像のご用命は?  冗談めかして訊いてみたくて唇がひくつく。だが、きみは用ずみ、とケンモホロロにあしらわれた日には地の底までヘコむに決まっている。なので受領証にハンコをもらうなり即座に立ち去るパターンを確立して、接触は最小限に留める。  もっとも無駄な努力だ。気晴らしに通販サイトでぽちっとしまくっているとみえて、若草宛の荷物が北から南から配送センターに到着するわ、するわ。  おかげで連日にわたって不毛なやり取りを繰り返すなかで、世良は悪魔の囁きを聞く。  仮にもキスした仲なんだし、十回に一回くらいなら親密感を全開にぎゅうぎゅうハグしても、よくね?  夏ばてならぬ若草ばてが悪化して、瘦せた。そのぶん後孔が狭まって〝チンコでハンコ〟に及んださいには秒で昇天する客が続出する、という新たな伝説が生まれちゃったりなんかして。

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