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第5話 図書積み場にて
「おまえさん、また来たのかい。あの本、早く買い取っておくれ」
「荷物になるから無理なんだ。借代は払ってるからいいだろ」
「おまえさんの手垢が付きすぎて、買い取り手がいないんだよ」
リリとしても、思い入れのある本だ。できることなら買い取りたい。しかし、家財一式を持ち歩いている身としては、娯楽類まで持ち歩いていては身が持たない。
勝手知ったるいつもの本棚へ行き、目当ての本を捲る。
そこには、山奥の森に一人で住んでいる、リリの恋人と同じ名前の魔導師について書かれていた。
『稀代の天才魔導師、マワー・カボット。
天変地異を瞬時に起こし、立ちどころに敵はおらず。時の王の寵愛のもと、王を差し置き、贅の限りを尽くして昼夜問わずの酒池肉林。
男女共にまぐわい、獣とも交わる禁忌をも犯した、神をも恐れぬ不道徳者』
さらに読み進めていると、マワー・カボットを題材にした物語がいくつか収録されていた。
昔から、"マワー・カボット"を題材にした物語は多い。いずれも悪の象徴として書かれ、大冒険のすえ勇者に倒される勧善懲悪のストーリーの題材として使われている。勇者の強さを証明するためには、強い悪の力が必要不可欠だからだ。
後にも先にも、彼ほどの魔導師は生まれていないと記載されている。
この本には、唯一マワー・カボットが勇者に倒されていないストーリーがある。勧善懲悪ではなく、恋愛物。リリは、それが読みたくてこの図書積み場に足繁く通っている。
恐怖を強いる嫌われ者のマワー・カボットに、懸想して、命を落とす娘の話。聡明な美女だが、よりにもよって極悪の魔導師に惚れてしまう。
しかし、余興に飢えていたマワー・カボットは、生きているお前には興味がないが、死体になら、接吻してやっても良いと言い放つ。
娘は叶わぬ恋を嘆き、「接吻はいりません。けれど生きていても意味がありません」と言って命を捧げた。
本当に命を断つと思っていなかったマワーは、娘の思いの強さを知り、初めて自分の行いを悔いた。娘を好きだったことに気づいたがあとの祭り。
この日を境に誰もマワー・カボットを見たものはいなかった、と物語が締めくくっていた。
作者不明のこの物語は人気が無いので、"勇者物"と違い、脚色された娯楽本として広まっておらず、資料としてこの本に編成されているだけだ。
リリの恋人は、この伝説の魔導師と同じ名前たが、優しく、この魔導師とは似ても似つかない。
ただ秘密を持っていて、ミステリアスな雰囲気があるので、長旅になるとこの図書積み場へ立ち寄り、彼を思い出すのだ。
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