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第6話

「んん……つ。お腹減った」  空腹で明が目を覚ました時には、もう朝だった。  カーテンの隙間から朝日が差し込み、外からはスズメの囀りが聞こえる。  きっと新が帰る前にカーテンを引いてくれたのだろう。  倦怠感が抜けて体が軽くなった明は、昨日のことを思い出していた。  次にいつ、新と会えるのだろうか。  連絡先は親に聞けば分かるはずだから、すぐに聞いて連絡しよう。  そしてまた、沢山お話ししたい。  そう考えながら布団から起き上がった時、部屋の扉が開いた。 「おはよう、明。具合はどうだ?」 「えっ!? なんで!? 学校は?」  母親が使っているピンク色のエプロンを付けた新が、扉から顔を覗かせてニコニコ笑いながらこちらを見ているのに明は驚いた。  今日は平日で、新も学校に行かなきゃ行けないのではないのだろうか。  それなのに、なぜここに。 「ここからの方が学校近いから、昨日のうちにちゃんとお泊まりセット用意してきたんだよ。それと、これからも明の家に来る時は泊まらせてもらう事になってるから」 「そ、そうなの」 「あぁ。昨日はここに布団引かせてもらって寝てたんだ」 「えぇ!!」  ベッドの横の床を指で刺されて、明は間抜けな声を出して驚いた。  好きな人が、自分の部屋で布団は別とはいえ一緒に寝ていたと考えただけでまた、熱が上がりそうになってしまう。 「そんな声だして、嫌だったのか?」  不安そうに眉を下げる新に向かって明は大きく首を横に振った。 「違う! 俺、変な寝言とか言ってなかった?」  あまりに真剣な顔をしてそう言う明に新は手の項口に当てて笑った。 「寝言気にするなんて可愛いな。そういえばマスカットパフェがどうとか言ってたけど」 「俺、寝言でそんなこと」  食い意地が張ってるとか思われてないないだろうかと、明はしょんぼりと肩を落とした。  新はそんな明の顔を笑顔で覗き込む。 「俺は可愛いと思うけど。甘いもの好きなのか?」 「うん、大好き。でも、食べ過ぎは良くないってこの前お腹壊した時にお医者さんから言われて最近我慢してて……」 「我慢の限界で、ちょうど旬のマスカットパフェが夢に出てきたってわけか」 「そうだと思う。それと、今度テストの点数良かったら食べに連れて行くって親父と約束したからかも」  新に可愛いと言われると、照れ隠しでついつい饒舌になってしまう。   「へぇ。じゃあ食べれるように俺がちゃんと勉強教えないとな」  そう、ニコニコと笑いながら微笑みかけられて、明の心臓はドキンっと鳴った。 「よろしくお願いします」  照れ隠しに頭を下げると、慌てた新に「顔を上げて」と肩に手を乗せられる。  明が顔を上げると真剣な顔をした新と目が合い、ますます心臓が跳ねてしまう。   「明は本当に頑張り屋さんで偉いな。もう、熱も引いたみたいだし、今日から頑張ろうな」  頭を下げた明を熱意があると勘違いしたのか、熱血モードの新は両肩に手を乗せながらうんうんと頷いていた。  そんな新に明は戸惑う。 「今日から!? まだテストまで日にちあるし、明日にして今日はドレス作りたいな」 「ダメ、ドレス作るのは勉強終わってから」 「えーっ」  明が不満そうにそう言ってむくれると、新は悲しそうに瞳を潤ませた。 「そんなに俺と勉強するの嫌?」  綺麗な茶色の瞳が涙で滲んでいくのに耐えられなくなった明は、新の頬に手を置き優しく撫でた。 「分かったよ。ドレスは勉強終わってから作る」 「明、偉いな」  頬に置いていた手に手を重ねられ握られる。  泣きそうな顔からいつものように笑う新と目が合うと、胸が締め付けられて握られた手が熱くなってしまう。 (熱まだ治ってなかったのかな。なんかまた体ムズムズする)  体に異常を感じて戸惑っているのに、新にひたすら見つめ続けられた明は、目を逸らすことが出来なかった。  獲物を逃さないように見張っている肉食獣のような鋭い瞳で見つめられると、体が嫌でも熱くなっていく。 これまで経験した事のない出来事に、明は体を震わせた。  そんな怯えている明に気づいたのか、新はパッと表情を変えて手を離す。 「あっ。朝ごはんもう出来てるから、歯磨きして着替えて下、降りてきな」 「う、うん」  明は慌てて新から目を逸らすと、部屋から出て脱衣所へと向った。  鏡の前に立つと、歯磨きに歯磨き粉を付けて、口に入れる。  ふと、鏡を見ると映る自分の肌が少し上気しているような気がした。  体に異常はないけれど、後で一応体温計では測っておこうと思いながら口を濯いでいると、なにやら険しい顔をしている新が近づいてきた。 「さっきから明のスマホ鳴ってるけど。誰からだ?」 「あっ! いけない敦からかも」  敦とは毎朝一緒に登校していて、何かあった時には連絡をする約束をしている。  もしかしたら部活の準備とかで早く登校しなければいけないから先に行く連絡かもしれないと、明は急いで口を濯ぎ顔を洗った。  そして、ハンドタオルで顔を拭き部屋に戻ろうとする。  しかし、扉の前には新が仁王立ちしていた。 「敦って明のなんなんだ?」  あまりに険しい顔をして詰め寄ってくる新に明はたじろいだ。  実は敦と知り合いで、何か恨みでもありそうなほどに怖い顔をする新にどう答えていいのか明は迷った。 「普通の幼馴染だけど……」 「本当にただの幼馴染なのか?」  顔が至近距離に近づいてきて、睨まれる。  明はあまりに強い眼力に怖くて泣きそうになった。 「本当だって。敦はただの幼馴染で友達だから」  目を潤ませながらそう言うと、新は表情をにこやかな笑顔にして明の頭を優しく撫でた。  暖かくて広い手で頭を撫でられるたびに、心が穏やかになっていく。 「そうか。た、だ、の、幼馴染か。怖い思いさせてごめんな」  ただのの部分が強調されていたのは、気のせいだろうか。  それよりもなぜ、新があんなに険しい顔をしていたのか気になってしまう。 「怖い顔してたけど、新は敦の知り合いなの?」 「いいや。全然知らないけど」 「え? じゃあ、なんであんな顔?」 「そのうち、分かるよ」

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