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第29話
味方に引き入れるのは無理となると。
九曜は数瞬、考えあぐね、悲哀に満ちた溜息を吐いた。
「振り回される身にもなってほしい。私は物ではない。心のある人間だ」
哀願しかない。同情を買うのだ。
「九曜様……」
「翼弦様から望まれて、他に道はないとしても、考える時間が欲しいのだ」
「そういう理由なら……考慮して差し上げてもよろしいですよ。ちなみに、木龍さんとはどういったご関係なのですか?」
「木龍はここへきてからの戯れの相手だが、私の話を聞いてくれる、心を委ねられる相手だ。つまり、側にいると安心する」
「そうだったのですか」
「お前は?」
九曜は六花の方を振り向いて聞く。目が探るように鋭くならないように、用心をして。
「私? ですか?」
きょとん、とした顔の六花に、九曜は木龍に対する感情が芽生えていないのを感じ取り、疑念を和らげた。
だが返事を聞くまでは追及しなければならない。
「そうだ。木龍のことをどう思っている?」
言われて、六花は視線をあてどなくさまよわせる。九曜はその緩慢さに苛立ちを隠せなくなった。
おぼこが無自覚に放つ色香が、六花の全身から薄く漂っている。
あざとさがなく、本当に無自覚なのだが、六花は花開く直前だ。
この妖気に等しい香りが最愛の夫を惹きつけているのだとしたらと思うと、九曜には許しがたかった。
「六花!?」
九曜が思わず放った怒鳴り声に、六花はびくりと華奢な身体を震わせた。
「兄のような存在……でしょうか……」
「兄……」
「木龍さんは、困った時に頼れる頼もしい兄のような感じがします」
「兄……か……ははは……そうか……」
九曜の口元に、久しぶりにすがすがしい笑みが広がる。
はっきりともらった返事を、九曜は確実に心に刻んだ。もちろん、二人の仲が一線を越えそうになったら阻止するのに利用するつもりだ。
「九曜よ、笑い声を響かせてどうした。機嫌が直ったのか?」
唐突に部屋に入ってきたのは翼弦だった。
「観念して私との人生を真面目に考えるようになったのか?」
「いえ……まだ……心の準備が……」
笑いを止めた九曜は、うつむいて小さな声で言う。
翼弦はそんな九曜に近付いて閉じた扇子の先で彼の顎を上げさせた。
「今朝のお主の唇はとても柔らかく、口付けは甘かった」
返答に窮していると、六花が翼弦の前に出た。
「おそれながら、翼弦様。九曜様は戸惑われているのですわ」
「戸惑う……? まだ恋も知らぬような小娘に我々の何がわかるというのだ?」
翼弦は揶揄うような口ぶりで、しかし興味深い眼差しを六花に送る。
「九曜様は高名な仙人のもとで修業した方といえど、人間です。夫と木龍さんの次は翼弦様、というように、人の心は簡単にはいきませんわ」
九曜は六花の言葉をじっと聞き入りつつ、自分を庇ったのは先ほど郷里を見せてやった礼だろうか、と考える。
(現金な娘だから効果は覿面というわけか。義理難いともいえるがな)
六花の言葉を聞いた翼弦は扇子を九曜の顎から離すと、ぱらりと扇子を開いて庭の景色に見入った。
「ふむ……六花、お主のいうことも一理ある。妃の件は、返事を慌てずに待つとするか」
翼弦の言葉を聞いた九曜の心に安堵感が広がった。これで時間稼ぎができる。
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