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第30話
数日が経った。
幻以こと木龍は晴れた空の下で宮殿の庭仕事にいそしんでいた。
木龍が松の枝に跨って剪定をしているその傍らで、六花が花壇の花に水やりをしている。
木龍は六花と持ち場が同じ時、彼女に九曜の話を聞いていた。
「九曜様はまたお倒れになって、お休みになられていますわ」
このところ身体の不調が続く九曜は、私室でよく休んでいた。
九曜の身体の不調は以前から服用していた秘薬の影響で身体が体温から何から子を孕めるように変化しているせいなので、木龍は心配していない。
気になるのは翼弦のことだ。
六花の話によると、翼弦は九曜が倒れたと聞けばすぐに駆け付けて看病しているという。
「というわけで、洞主様がお部屋にいらっしゃって、ずっと九曜様を見守っておられます」
六花の言葉を聞きながら、木龍は上方にある木の枝に登った。
そこからは九曜の私室が見えた。
六花の言うように、寝台の上に横たわる九曜に、こちらからは後ろ姿しか見えないが、鷲の翼を見ればそれとわかる、翼弦が付き添っている。
ふいに九曜が寝台から起き上がった。
翼弦が女官に命じて、受け取った上着を九曜の肩にかけるのを見て、木龍は渋面を作る。
木龍がさらに注視すると、翼弦が緩慢な動作で背後を振り返ったので、木龍は木から転げ落ちそうになりながら、すぐに視線を逸らした。
(奴め、後ろにも目があるな)
「木龍さん、不躾ですよ」
覗き行為に気付いた六花が木の下で喚き立てる。
「いいじゃないか、少しくらい」
「何が少しくらいですか。度を越した行動は慎んでもらわないと」
六花からびしりと言われて木龍は身を竦めた。
傷が癒えつつある翼弦が九曜と接しているのを目撃した幻以は、胸中おだやかではなかった。
しかも翼弦は体調の悪い九曜を献身的に労わる。九曜が心移りをしてしまわないか心配になった。
「九曜様のことがそんなに気になるんですか?」
「『九曜様』はお美しいから、ずっと見ていたいし、気になる。ささいなことでもいい、教えてくれ」
木龍は木から降りると、六花の両肩を掴んで切実な表情で聞いた。
「まったく、恐れを知らないんですね。洞主様のものに手を出したらどうなるかわかってるんですか?」
「おかしなことは考えてない。これでも分別はあるつもりだ」
「弁えているんなら、いいでしょう。お饅頭、おいしかったですし……九曜様が、木龍さんはここへきてからの戯れの相手だけど、話を聞いてくれる、心を委ねられる相手だとおっしゃっていました」
妻との心の繋がりを感じて、木龍は目を閉じて六花の言葉を心の中で幾度も反芻し、深く感じ入った。
翼弦がこれ以上九曜と距離を詰めてくるのなら、早く助け出さなければ。
木龍が再び九曜の居室の方を見ると、木々の間から、九曜がこちらを見ているのが見て取れた。
翼弦に止められながらも彼の腕から身を乗り出す九曜の琥珀色の目は、感情を抑えているのにも関わらず、木龍にはその内面が手に取るようにわかった。
まさか、否、疑いようもなく、九曜は嫉妬していた。夫が伴侶の居ぬ間に六花と仲を深めているとでも思っているのだろうか、あのさざ波一つ立てない凪いだ海のような澄まし顔で彼は今、激情に駆られているのだ。
いい歳をして、幼稚な感情に囚われている九曜が木龍には興味深く、屋敷の主人に対して十分満足のいく優越感が込み上げてきたのだった。
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