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第32話

 書斎には九曜と翼弦の二人だけとなった。 「木龍をどうされました?」  九曜は翼弦に詰め寄る。  翼弦の笑みは陰惨なものに移行した。 「お主に近付いた罪は重い。六花と同じ鞭打ちの刑に処した後、牢に閉じ込めてある」 「そんな……」  翼弦は九曜の表情の機微を見逃さないように鋭く目を光らせた。 「やはり情が移ったとみえる」  咄嗟に表情を取り繕う暇がなかった九曜は木龍との関係に勘付かれて青ざめた。  青ざめながらも翼弦に弁解できるように彼は頭を回転させる。  何とか翼弦を納得させられるような落としどころを見つけなくては。 「……彼とは肌を重ねたのでございますよ。それも一度や二度ではございません。翼弦様は報復のおつもりだったのでしょうが、私は私で彼に少し情が湧いてしまったのです」  「ほう」  九曜は続ける。 「ただの保身かもしれませんが……気にかける存在として扱わなければ、あの状況下で自分の身体を納得させることができませんでしたから」  「冷たい顔で、随分と追い込まれていたのだな。膝に座れ」  翼弦は両腕を広げて九曜を誘った。  九曜は乞われるまま向かい合うようにして翼弦の膝に座った。 「まだお主から漂う香りの謎は解けていない。木龍に触れさせたのか?」 「誤解されておられるようですが、木龍はただの相談相手です」 「相談相手?」 「ええ。本当のことをお話しましょう。翼弦様からお気に召していただけるように、悩み事を相談できる相手といえば、年若い六花よりも木龍の方がいいのです」 「相談とは何だ」  九曜から発した香りは翼弦が訪れた温泉地でしか製造されていないものだ。  油脂を利用したもので、潤滑油として利用される。 「ここでは手に入りにくいものについてです」  そう言って九曜は恥じらうふりをして伏し目がちに視線をさまよわせる。  ただそれだけの仕草でも、傷がもとで不満が鬱積していた翼弦には効果的だった。 「私を受け入れるためか」 「ええ。ですから、木龍とは相談をしただけなのでございます。早くご快癒されますよう」 「お主の本音を聞けてよかった」  翼弦は九曜を見上げつつ、彼の腰に手を滑らせた。  裾の下から滑り込んできた手の感触に驚いた九曜は思わず仰け反る。 「道侶の修法は何も身体を重ねるだけではない」 「翼弦様……お体に障ります。せっかく湯治で傷が癒え始めておりますのに」 「構わぬ。お主の気持ちに応えてやりたい。なるほど、お主は私をいつでも受け入れられるようにしておるようだな」  そこに触れられて九曜の身体はかっと熱くなった。  翼弦に気があるようなそぶりを見せるのは木龍を救う目的と時間稼ぎのつもりだったが、思惑通りにはいかなかった。 「札が……禁を犯してしまいます」 「構わぬと言っておろう」  うろたえる間もなく神仙の力が身体中を駆け抜け、九曜は果てた。  翼弦は身体を弛緩させて懐に落ちてくる九曜を受け止めると、満ち足りた微笑を浮かべた。

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