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第34話

 九曜は松明が照らす薄暗い地下の階段を下りて衛兵から木龍のいる牢の鍵を受け取った。  牢の中で壁に付けられた鎖に両腕を繋がれてうなだれている木龍を見つけた九曜は、急ぎ牢の鍵を開けた。  手首の枷を外されているのに気づいた木龍はゆっくりと目を開ける。 「九曜……」 「無事か?」 「ああ。大したことはない。少し背中が疼くがな」 「それくらいすぐに治してやる」  九曜は感極まって木龍の懐に飛び込んだ。  しかし木龍は彼の身体を手で押し除けた。  琥珀色の瞳は再度、木龍を見上げて問う。抱擁を拒む理由はなんだ。 「六花はどうした?」  木龍の言葉に、九曜の心は瞬時に冷え切っていった。 「俺と同じで処罰されたんじゃないのか?」 「あ……ああ。お前と同じで鞭打たれて……怪我をしている」  「俺のことはいい。六花を診てやってくれ」 「なぜ」  納得がいかない九曜は一歩も引かずに瞳で問いかける。 「そんなに六花が大事なのか?」 「女の身で鞭打たれたんだぞ。俺よりも衰弱しているに決まっている」  九曜は牢の中ではは、と乾いた笑声を響かせる。 (やっぱり) 「やはり、こうなると思っていた。本能的に生きる道を選んだのだな。男のお前が女性を求めるのは自然なことだ。だいたい、お前には衆道の趣味はなかった。弟子の時分から戒律を真面目に守らず、仙洞の外に出れば女犯を犯しまくっていたのは知っている」 「何を勘違いしている」 「勘違い? 明らかな好意だ。私にはわかる。確信を得た。お前は六花を特別な目で見ている」 「弁解は後でするから、早く六花を診てやってくれ」 「嫌だ! 残念だったな、六花はお前に気がないようだ。兄のような存在だと言っていたぞ」 「九曜!」  拳を振り上げて怒鳴った木龍を九曜は毅然と睨み上げた。  「殴るのなら殴るがいい」  琥珀の瞳から涙が流れ落ちて、木龍は怯んだ。 「知っているはずだ。私は誰にでも優しい人間ではない。お前の治療が先だ。後ろを向け」 「勝手にしろ」  吐き捨てるように言うと、木龍は血が滲んだ上着を脱ぎ捨てて後ろを向いた。  木龍の逞しい背には鞭打たれてできた幾条もの裂傷があり、九曜は顔をしかめながらそこに手をかざした。  九曜の癒しの力が木龍の身体に流れ込み、木龍の傷は見る間に癒えていく。  自身に流れ込む力の奔流に違和感をおぼえた木龍は目を見開いた。  傷が完全に癒えた直後、木龍は九曜の方を振り向いた。   木龍の凄まじい形相にたじろいだ九曜は後退しようとしたが、瞬時に彼から手首を掴まれた。 「いつものお前と違う。別の力を感じる。どういうことだ!? 説明しろ」  問い詰められて、九曜は青ざめた。木龍は九曜が先刻、翼弦と修法を行い、精神的な交わりを行った。九曜の体内に流れる力に翼弦の力が加味され、木龍はそれに勘付いたのだ。 「幻以……私は……汚れたも同然だ……」  九曜は声を震わせて本格的に泣き始めた。 「まさか奪われたのか? 翼弦の傷は回復したのか!?」  木龍は九曜が顔を隠そうとするのを阻止して肩を抱き、さらに強硬な姿勢で問い詰める。 「ち、違う、気を流し込まれただけ……翼弦様はまだ回復していない」 「確認させてもらう」  木龍は九曜の衣服を脱がせると、壁に掲げられた松明の明かりの下で露わになった九曜の肌に残る翼弦の痕跡に目を走らせる。  九曜は眉を寄せて身を竦ませた。翼弦から触れられた場所が薄く鬱血している。見られたくない。  九曜の身体を眺める木龍の目は完全に据わっている。彼の喉の奥から獣性を剥き出しにした唸り声が聞こえて、九曜はおののいた。 「触れられた跡がある。札が破れている。つまりは、そういうことなんだな」 「翼弦様は回復していないと言っている。それ以上は……言いたくない。私を見限って六花のところへ行くか?」 「なに、上書きするまでだ」  木龍は九曜の身体にある翼弦が触れた場所に上書きするように口付けしていく。  今夜は自分の身体から血が流れるかもしれない。九曜は青ざめた心で幸福に浴した。  

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