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第35話
九曜と木龍は牢を出ると、木龍に別れを告げて六花のもとへ走った。
六花は今頃、鞭打たれた傷で苦しんでいるかもしれない。手当けだけでもしたい。
女中たちがいる宿坊へ入った彼は、六花の部屋を訪ねた。
案の定、六花は寝台の上でうつ伏せになって苦しんでいる。
「六花、傷の具合はどうだ?」
部屋に入って来た九曜に気付いた六花は枕から顔を上げた。翼弦に許しを乞うために床に叩頭した顔は腫れあがり、額には脂汗が滲んでいる。
「ああ、大したことは……」
六花の声は唇が腫れてくぐもっていた。言葉は呻き声とともに途切れた。顔を上げたことで塞がりかけていた傷口が開いたのだ。
九曜は慌てて六花のそばに駆け寄った。
「誰も手当てしてくれなかったのか?」
「私は新入りですので、世話を焼いてくれる者などおりません。寝ていれば治りますよ」
「皮膚が裂けているのだから、消毒をしなければ。それに、顔を冷やさないとひどいことになるぞ。額も怪我をして……よく自分の顔をこんなにできるな」
「そんなの、翼弦様のお怒りを買ったのですから、これくらいどうっていうことはありませんわ」
六花の嘆きは深い。自分の故郷を救ってくれた翼弦は、六花にとって、唯一の神にも等しい存在なのだ。
九曜は今の六花と話しても埒があかないと思い、薬箱を探して六花の手当てに当たった。彼の仙人としての力は現在、木龍の傷跡を治療するのに使ってしまい、消耗していた。
「傷を診させてもらう」
六花の側に座った九曜はうつ伏せになった六花の血の滲んだ衣服を剥いだ。六花の背で、凝固していた血が再び吹き出す。
最初彼女は抵抗を示して起き上がろうとしたが、傷が疼いて震えながら再び寝台に伏した。
九曜は六花の背の血を拭き取って消毒すると、丁寧に包帯を巻き、次に彼女を仰向けにして顔を冷水で冷やし、傷付いた場所は消毒して軟膏を塗った。
「木龍さんの……」
塗れた布巾で顔を覆っている六花が、ふいに呟いた。
「ん?」
「木龍さんの匂いがする」
指摘されて、どきりとした九曜は、席を立った。やはり身を清めてくるべきだったか。
「さっき話したからかもしれない。翼弦様から許されて牢から出してやったからな」
「そうだったんですか。よかった……」
六花の心からの安堵の声から木龍に対する親愛の情を感じはしても、満ち足りている九曜はいつものように狭量な気持ちになることはなかった。
(もう何者も私たちを引き離せない。たくさん愛されたからな)
「ちょっと外の空気を吸ってくる」
九曜は月の輝く外廊下に出ると身体の気を整えた。
少し回復したら、六花を仙力で治療してやれる。
六花を憐れんでやれる。寛大な気持ちになれる。
「小娘相手でも……私ときたら……いや、幻以、お前がいけないのだ。気まぐれに優しさを振りまくお前が……」
木龍のいる別棟の方を向いて、九曜は言った。
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