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第44話
寝台の上に押し倒された九曜は幻以に好きなようにさせた。
幻以はそんな九曜の表情をじっと観察した。そうすることで自分の記憶を失う前の二人の関係性を紐解こうとしているようだ。
幻以の探るような愛撫に九曜は身体を震わせ、頬を染まっていく。
「媚びているのか? 見るからに弱々しいから諦めの境地なのか?」
「……夜を共にする者だと言ったはずです」
静かな怒りを込めて、九曜は答えた。
灰色の瞳は一筋縄ではいかない相手の身の上を探るべく、深い思慮に沈む。
「仙になる前、俺はここで修業していたらしいな。お前は美しいから男所帯で仕方なく務めを果たしているのではないのか?」
九曜は幻以の顔をじっと見つめて、自分の顔の横に広げられた彼の手を取り、そっと口付けした。
「確かにこの仙洞において、私は洞主の衆道の役割を負う者でしたが、貴方との関係は違います」
「何だ? まどろっこしい奴は好かん!はっきり言え!」
そう言って拳を振り上げる幻以は、九曜のよく知る吉祥山で横暴の限りを尽くしていた昔の幻以のものだった。
彼の虫の居所が悪い時は多くの弟子が犠牲になった。
九曜は思わず目を閉じて身を固くした。
しかし、いつまで経っても拳が飛んでこない。身体の上に乗っていた幻以の身体が離れたので九曜は薄く目を開けた。
すると、突然、九曜はふいに髪を引き掴まれたと思うと、身をよじらせた体勢で、あらぬところに顔を近付けさせられた。
九曜が目を上げると、頭上には嗜虐的な笑みを浮かべて自分をじっと見つめる幻以がいた。灰色の目には陰惨なものが滲んでいる。
自分を試しているのだと悟った九曜は、そこに手を添えて、そっと口付けしてから、唇と舌で奉仕を始めた。
九曜の表情には少しのわざとらしも媚びもなく、行為は次第に淫靡で大胆になっていく。
「……お前は……お前さんは一体……いくら『仲が良かった』と言ってもな……わかった、相当の好きものなんだな」
九曜は答えない。
肝心な時に口下手になってしまう九曜は、幻以のことなど無視して自由を奪われた身で想いを伝える手段に専念した。
幻以の頬が徐々に赤く染まり、灰色の瞳がしどろもどろになる。
九曜は幻以の全て知っていた。彼の好きだという思いは時に暴力になり、侮辱的な言葉になった。
二人はお互いを傷付けて、傷付けられて、その後にやっと結ばれた仲なのだ。
簡単な言葉で説明できるはずがない。
彼には自分が長年連れ添った稚児に見えるのなら、目が曇っているのだ。
彼の視界が開けてくるまで辛抱強く待つしかない。
「それとも、まさか、お前さんみたいな別嬪が俺に本気で惚れているのか……?」
やはり九曜は答えない。無心に奉仕を続けるだけだ。
幻以の苛立ちが極に達するのと果てるのは同時だった。
自分が汚した九曜の顔を、幻以は夢心地の中で見届けた。
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