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第32話

その日の夜 藤堂は言われた通り1人で署に残り、古賀の帰りを待っていった。 あの後、課へと戻ると赤羽と古賀が梶と話をしておりもみくちゃにしていた女性捜査員達は手土産のシュークリームを選んでいた。 そこに淹れてきたアイスコーヒーを置き軽く談笑をすると皆、捜査の方へと出かけていってしまう。 帰り際に梶から報酬の件をメッセージで伝えると言われたが、彼から数分後に届いたメッセージには “藤堂からも面白い情報聞けたし今回だけはサービスしてあげる。次も利用してね。” と書かれており行き場のない恥ずかしさを堪えながら事務作業に没頭する他になかった。 (……古賀さん、遅いな) 時計を見つめながら帰りを待っていると、彼が課の扉を開け顔を見せる。 「…来い」 素っ気なく一言だけ告げ部屋を出ていってしまう古賀を不審に思うが藤堂は置いていかれないよう急いで席を立つと古賀の後を追う。 連れていかれた先は屋上だった。 古賀は手すりへと背中をつけ内ポケットから煙草とライターを取り出し火をつけるとそれを大きく吸ってからゆっくりと煙をはき出す。 街の喧騒だけが聞こえる中で藤堂は古賀が話しだすのを静かに待った。 煙草の煙が何度も宙を漂い霞み消えていく。 言い難いのか中々話を切り出さない彼を見て、藤堂の内で様々な考えが浮かび上がり不安が募る。 「……藤堂」 「はいっ!?」 古賀が次に口を開いたのは1本吸い終わる頃だった。 弾かれた様に返事を返すと、古賀は無表情で真っ直ぐと藤堂を見つめながらこう言った。 「お前はこの捜査から完全に外れろ。…バディも今日で解消だ。」 予想外すぎる言葉に藤堂は言葉を失い、目の前の視界が徐々に歪みだす。 (今なんて……) いつかは言われるかもしれないと考えていなかった訳ではないが今このタイミングで告げられるのはあまりにも残酷すぎた。 呆然と立ち尽くす藤堂の瞳から一粒大きな雫がこぼれ落ちると、堰を切ったように溢れ落ちコンクリートを点々と濡らしていく。 まさか泣かれるとは思っていなかったのか古賀が少し焦った様子で手を伸ばしてくるが、それも途中で止まってしまう。 「…あれ。なんで…泣いて」 藤堂は強がりワイシャツの袖で拭うが涙が次から次に溢れて止まらない。 (泣くつもりなんかなかったのに…かっこ悪い) 「ご、ごめんなさい。すぐ…止まると、思う、んで」 言葉が震え呼吸が上がっていき、余計に追い打ちをかけられたからかついにその場にしゃがみ込んでしまった。 自分から言った手前かける声がないのか古賀は黙って藤堂を見つめることしか出来ない。 鼻を啜り嗚咽を堪える藤堂が振り絞りながら古賀に問いかける。 「……俺、じゃ役不足でした?」 その問いに古賀は同意するかの様に短く返事をするだけで理由などは説明してくれない。 「そうですか……やっと慣れてきたなって思ってたんですけどね。…じょ、うし命令なら…仕方ないですよね」 無理に笑いながら藤堂は今一度強く袖で目元を擦ると頬を叩いて立ち上がる。 「分かりました。…ご迷惑おかけしてすみませんでした。今後はお邪魔しないようにしますので、古賀さんは捜査に専念してください」 これ以上かっこ悪い姿を彼に晒すのは嫌だと思い、藤堂はそれだけ言うと踵を返して署内へと戻ろうとした。 (言わない方がいいんだ。俺の中で消化する問題だ。きっと…) 引き戸を開けようとした途端、後ろから手が伸び扉を押し戻され閉められた。 背中越しに気配を感じ、古賀が扉を押さえているのだとすぐに分かる。 「ど、どうしたんですか。話は終わって」 「…誰が戻っていいって言ったんだ」 古賀の低く腹に響く心地の良い声が頭の上から降り注ぎ、無理やり引っ込めた涙が再度溢れそうになる。 「…俺がいると、捜査のこと考えられないかなって」 「いつ言ったんだ、そんなこと」 「い、っては…いないですけど」 (俺が居れないんだよ、分かるだろ…) これ以上ここに居たくない藤堂はドアノブを強く握り直すと扉から手を離すよう古賀に言う。 だが彼は言うことを聞かず、寧ろさらに距離を詰めてきた。 藤堂の肩に自身の頭を乗せると古賀は大きく息をはき、掠れた声で呟く。 「お前まで俺の前から居なくなってほしくないんだ…」 古賀の言葉に聞き間違えではないのかと思うが、彼は少しずつ本音を藤堂に話しだした。 「この前の件で俺はまたバディの人生を台無しにしたんだじゃないかって考えてた。だからこの先起こるトラブルでまたお前が危険な目に遭ったらと思うとこれ以上巻き込みたくなかったんだ。…お前は特別だから余計に」 (特別…?俺が) 「まさか泣くとは思ってなかった。……そうだよな。お前、俺のこと大好きなんだもんな」 「!?!?」 思わぬことを告げられ藤堂は反射的に身体ごと古賀の方を見ると、そのまま古賀に唇を重ねられる。 訳がわからない藤堂ではあったが彼からされるキスは優しく甘いものだった。 数秒して唇が離れると古賀が藤堂の顔を見て小さく笑いそっと抱きしめる。 「古賀さん!?あ、あの…!」 「なんだ」 「俺、いつ古賀さんのこと好きって」 「この前酔った時に盛大に誘ってきたしぞ。それに普段から曝け出してるだろ。尻尾振って俺の後ついてきて…なんだ、俺の勘違いか?」 古賀にそう言われると藤堂は首を左右に振りまた泣き出した。しかも、先ほどよりも派手に鳴き声を上げながら。 「めっちゃ好きです〜…ぅゔ〜〜…!!」 「ははっ。お前すごい声になってるぞ」 行き場をなくしていた両手を古賀の背中に回すと子供のように泣きじゃくる藤堂を見ては慰めるかのように背中をさする古賀。 「俺もお前のこと好きだぞ」 古賀のその言葉に余計タガが外れてしまう藤堂は抱き抱えられながら署内へと戻るのだった。

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