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第2話

彼に接触するチャンスは意外と早くやってきた。 退勤後、深夜まで営業している居酒屋に向かう途中、目の前をふらふらと横切っていく彼を見つけた。普段の様子も正常とは言い難いが、今日の様子は明らかに異常だった。何がそう思わせたのか、そしてこの妙な胸騒ぎは一体何なのか、それが知りたくて彼の後をつける。 彼はふらふらと歩きながら踏切を渡り、急に足を止めた。何か考え込んでいるようで、動く様子はない。反対側から様子を伺っていると、遮断機がゆっくりと降りる。 遮断機が降りきり、右手から電車の近づく音が近づいてきた時、動きを止めていた彼は急にくるりと向きを変え、遮断機を潜った。 「バカッ!!」 考えるよりも先に体は動き、感情の無い表情で踏切内にいる彼の腕を強く引き、遮断機の外に連れ出した。 激しく動く心臓が痛い。 彼は強く腕を引かれた勢いで、夜にもかかわらずいまだに日中の熱を持ったアスファルトの上にへたり込む。 「ごめん、頭とか打ってない?ケガは?」 激しい動悸で乱れた呼吸を整えながら、彼に問いかける。彼は状況が飲み込めていないようで、ただアスファルトを見つめる。 とにかく目の前で人身事故を見る羽目にならずに済んでよかったと安堵して額の汗を拭った時、左手と額に妙な感触を覚えた。 恐る恐る左手に視線を向ける。 「は?…血?」 左手には、時間が経って酸化した血液のようなものが付着していた。その血液が自分のものでは無い事は直ぐにわかった。 となればこの血液は彼のもの。 「どっか怪我してる?」 彼の前に回り込み、先程掴んだ腕に視線を向ける。そこには恐らく自傷行為でつけたであろう傷があった。 「呼ばないで」 「ん?」 「警察、、救急車も」 彼は言葉を発すると同時に大粒の涙を流し始めた。 「呼ばないよ。……帰れる場所、ある?送って行く」 彼は弱々しく首を横に振った。 「あー…俺の家、狭いけど来る?これ、俺の名刺。お節介なだけで別に怪しい者じゃないよ」 彼が見つめ続けるアスファルトの上に名刺を置く。 「店長さん」 「そう、店長してます。明日早番なもんでね、早く帰りたいわけだけど、君をここに放置して、次の電車でさっきみたいな事されて、明日のニュースでそれを知るなんて事あったら、俺が可哀想でしょ。だから、帰る場所ないなら、今日は一緒に帰ろ。帰ってくださいよ、俺のために」 彼は意外と素直で、小さく頷いた。

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