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第3話

「名前は?俺は羽矢川純埜、好きに呼んで」 彼の手を引き、踏切から10分ほど歩いた場所にある賃貸のアパートに歩いて向かう。幾分か落ち着きを取り戻した彼は、手を引かれるまま素直に着いてくる。 「けい」 「何歳?おれ今年35」 「25」 「わっか。10も違うじゃん!」 “けい”と名乗る彼は意外と背が高かったし、歳は10も下。 「部屋加齢臭したらごめんな」 場を和まそうと半分本心の冗談を言ったが、彼の反応は無い。冗談を言うには、まだ早かったみたいだ。 「この部屋、俺は最近使ってないから、遠慮なく使って。物が少なくて不便かもだけど、最低限の暮らしはできるはずだから」 築23年のアパート。2階建ての全8室で、借りてるこの部屋は1K6畳。元々風呂と寝るためにだけ借りていた為、部屋には替えの衣類とダブルサイズのベッドのみ。店長になる前、スーパーの平社員だった頃はここで寝ていたが、最近は店長職と副業で忙しく、ここに帰るのは久しぶりだった。 「入って、入って」 彼は不安や困惑、緊張等の感情が複雑に混ざり合った表情を浮かべ玄関で立ち尽くしている。それもそのはず、先程命を断とうとしたところ見ず知らずの男に無理やり止められ、しかもその男にこの部屋を好きに使えなど言われたら、誰でもこうなる。 「俺は直ぐ出て行くから、安心して」 窓を開け換気をし、エアコンを入れる。無香料の消臭スプレーを振り撒いて、彼の方に視線を向けると、めまいでもしてるのか、ふらついている様な気がした。 「あっぶなッ!!」 彼の体の力が抜けた瞬間、消臭スプレーを投げ捨てて間一髪、彼の体を支えた。 「無理やり連れてきてごめんな、具合悪いよな」 触れた体はあまりにも細く、骨が当たる。このまま落ち着くまで待つか、背中を摩ってやるか色々考えたが今は直ぐにでも離れた方が良さそうだ。 「ちょっと、抱き上げるな」 体制を変え、彼を所謂お姫様抱っこをしベッドまで運ぶ。想像していたよりも軽く、腰をいわしそうだったのは彼には隠した。 まだ目が回っているのか、ぐったりとベッドに横たわる彼の傷の手当てに入る。 切ったのはこれが初めてだったのだろう、腕に自傷の跡は見当たらない。傷口の周りを濡らしたタオルで清潔にする。本当は流水で流したかったが、今は一刻も早くこの場を離れる事が第一だと思い、応急処置を済ませ、着替えと鍵、ペットボトルの飲み水をベッドの脇に置く。 「何かあったら、ここに電話して」 彼の反応は全く無かったが、名刺とロックを外した私用の携帯を置いて、部屋を出た。

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