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第2話

 五年前、夏――  うららかに風が頬を撫で、昼寝をするにはもってこいの木陰に腰を落ち着ける。こんな午後は本当に心地がいい。  俺は霊界に住んでいる。名は京白(けいびゃく)という。  この厄介な名前のお陰で、霊仲間からは『軽薄』だの『脅迫』だのと、あまり喜ばしくない通称で呼ばれている。  確かに文字だけを目にすればそう読めなくもない――と、自覚はあるにせよ、年がら年中からかわれているのは虫が好かないのも実のところだ。特にガキの頃からの幼馴染みであるコイツ―― 「おーい、軽薄(ケイハク)! 軽薄ったらケ・イ・ハ・クー! こんなところにいたのか!」  噂をすれば言わんこっちゃない、腐れ縁のこの男はいつだって遠慮のかけらもない奴なのだ。 「捜したんだぜ! ちょっと耳寄りな話を持ってきた!」  自慢げに言うが、こいつの『耳寄り話』など大概が期待外れもいいところだ。何せ、頭の中は七つの大罪で構成されているといっても過言でないような男だ。まあ、のんびり屋で人の良いところもあるので、大罪すべてに値するとは言わないが――色欲と怠惰、これらが八割方を占めているんじゃないかと俺は思っている。  歳は俺と同じ二百歳、人間に換算すれば――まあ、魅力あふれる年頃の青年といったところだろう、一人前の守護霊になる為に日々研鑽を積んでいる最中だ。 「ところでケイハク、お前、今年の背後霊研修のターゲットはもう決めたのか?」 (ああ、そういえばそんな時期か――)  実はまだ決めていなかった、というよりもすっかり忘れていた――などということは、無論のこと暴露しないでおく。些細なことでも、こいつに弱みを握られるのは避けたいところだからだ。  そんな俺の思惑など気にもとめずといった調子でヤツは言った。 「なあ、取り憑くのにはもってこい――ってかさ、ちょっと面白そうな標的を見つけたんだ。傾国の美男に絶世の美人っつー感じのカップル! どうだ、俺とお前でその二人に()かねえか? 上手くすれば濃厚エロシーンに(あずか)れるかも知れねえぞ!」  ほらな――こいつの考えていそうなことだ。頭ン中には色事しかねえのかよ、と突っ込みたいのを抑えて、片眉をしかめるに留まった。 「断る。お前との濃厚エロシーンは遠慮したい」 「んな、つれねえこと言うなって! 何も俺とお前が実際に”えっち”するわけじゃねえんだから」 「当たり前だ」  思わず額にビキッと十文字が浮かんだのを抑えつつ、 「そうは言っても恋人同士なんぞに憑けば、そういう場面に出くわさないとも限らないだろうが。俺はお前と疑似セックスなんてのは御免だからな」  言うべきことはちゃんと云っておかねえと、案外鈍感なこいつの耳には右から左だ。 「えー、傷付くなぁ。俺は別にお前となら疑似でも現実でも大歓迎だけどね!」 「――戯けてんじゃねえわ!」  未だ眉間の皺も引っ込まず、思い切り怪訝な顔でヤツを見やるも、全くもって諦める気配もみられない。それどころか、両手を眼前で合わせ、拝み倒す勢いで、 「なぁなぁ、頼むよー! お前に美人の方を譲るからさ。一緒に行こうぜー! 何せ俺、自分の興味ある対象じゃないとレポート書けねえ体質なんだよー」  こいつにしては珍しく、下手に出てまでそのカップルとやらに憑きたいというのだから、そのターゲットのことが相当気に入ったというわけなのか。 「ほお、珍しいこともあるもんだな。俺はまたてっきりお前さんがその『美人』の方を担当してえって言い出すのかと思ったんだが。断っておくが、現地入りしてからやっぱり交代してくれ――なんてのはご免だからな」 「ああ、分かってる。ぜってーそんなこと言わねえからさ! つーことで、付き合ってもらってもいいんだな?」 「まあ……そこまで言うなら仕方ねえか」 「おーし! 決まりな! じゃ、早速出掛けようぜ」 「あー、それから! 俺りゃー、お前のレポートの手伝いはしねえからな!」 「分かってる分かってる! レポは自分でちゃんと仕上げるさ」  どうだか――  どうせまた、提出期限ギリギリになって『まだ出来上がらないんだよー』なんて泣き付いてくるのが目に見えている気もするが……。これも腐れ縁と諦めるしかないってことか。  こうして俺はヤツに乗せられるようにして、人間界での研修へと出向くことになったのだった。

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