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第4話

 俺たちは一旦誰かに憑依すると、その人間の心の内が読めるようになる。  俺が取り憑いたこの少年は、この春に高校へ進学したばかりの十五歳で、名を冬樹(ふゆき)といった。ハラグロの奴が取り憑いた方のイケメンの兄ちゃんもこいつのことをそう呼んでいたが、どうやら彼はこの冬樹の隣人で、幼馴染みという間柄らしい。えらく歳が離れているようだが、冬樹はあのイケメンのことを実の兄のように慕って育ったようだった。  そして、俺の察するに、こいつはその『歳の離れた隣のお兄ちゃん』に憧れ以上の想いを抱いていると思われる。いわば恋慕というやつだ。だが、あの兄ちゃんには例の蝶男がいるんじゃねえのか――?  さて、どうなることやら――何とも不穏な雲行きになってきやがったと危惧しつつ、俺はしばらく冬樹の背後で様子を見守ることにしたのだった。 ◇    ◇    ◇  その夜のことだった。  既に日付をまたいでいる時刻というのに、冬樹はこっそりと自室を抜け出すと、隣の家の『離れ』へと向かった。  おいおい――まさかだが、こんな時間に夜這いでもかけようってのか?  まあ、夜這いというのは冗談で、単なる物の例えではあるが、あの兄ちゃんに会いに行こうとしているのは一目瞭然だった。  高鳴る心拍数を抑えるかのように逸った気持ちでドアノブを回そうとして、冬樹はハタとその手をとめた。 「おい……もうこれ以上はやべえって……! いくら離れだっつったって、ここ、お前の実家だぞ! こんなことしてんのが……誰かにバレたらどうすんだ!」  声を潜めるようにしてそう言っているのは、例の蝶男のようだった。ということは彼が対話している相手はおそらくハラグロが憑いた方の兄ちゃんだろう。耳を澄まして相槌を待てば、 「大丈夫だって。親父もお袋もこっちへは滅多に来ねえ。もうとっくに寝てるって。それに――ここでやめろってのは酷だろうが」  冬樹にとっては確かに聞き慣れたはずのその声が、微妙にいつもと違うふうに感じられているだろうことは錯覚ではない。訳もなくドキッとさせられるような色香を伴った声音は、まるで見たことも聞いたこともないような別人のものだった。  そう――本当に別人であったなら、どんなに良かったことか。逃げるようにその場から去って、無我夢中で夜道を走る冬樹の頬には、あふれ出た涙の痕が幾筋も伝っていた。 ◇    ◇    ◇  年に二度、盆と正月にだけ帰って来るその男を、どれ程の思いで待ち焦がれていたかなんて、当の本人は知り得もしないだろう。幼い頃から憧れだった、九つも歳が離れた隣の家のお兄ちゃん――彼の名は真夏(まなつ)といった。その名の通り、夏の最中(さなか)に生まれたからそう名付けられたらしい。  明るくて、ひょうきんで、誰に対しても気さくな性質の持ち主――何よりも万人が口を揃えて『いい男』だと絶賛する程、垢抜けて格好いいこの彼のことが、冬樹は大好きだったようだ。  年頃の女たちからは無論のこと、近所のおじさんおばさん連中からも好かれて、皆に『真夏ちゃん、真夏ちゃん』と呼ばれ、親しまれていた。その真夏よりも大分年下の冬樹は、彼のことを『夏兄(なつにい)』と呼んで慕っていたわけだ。  そんな真夏が単なる憧れを通り越した特別な存在になっていったのは、いつの頃からだったのだろう。指折り数え、胸を躍らせて待っていた今日この日――帰省した彼は、いつもの年と違って一人ではなかった。 「こいつ、秋夜(しゅうや)ってんだ。俺の仕事仲間でさ。今年は一緒に厄介になるぜ!」  よろしくなと、照れたように頭を掻きながら、嬉しそうに紹介する”夏兄”の様子を目にした瞬間、胸が締め付けられるような思いがこいつを苛んだろうことは、すぐに分かった。  秋夜というその彼は、有名なファッション雑誌のモデルをやっているらしく、真夏は彼のマネージャーとして東京で働いているらしかった。

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