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第5話

 皆の人気者である『真夏ちゃん』が帰省してくるというので、近所からも次々と知り合いが顔を出して、つい先程――日付が変わる少し前まで宴会で大盛り上がりだった。入れ替わり立ち替わりの来客に、真夏の母親はもとより祖母までフル回転で、てんてこまいの忙しさだ。無論、冬樹も両親と共に宴席に呼ばれていた。 「そうだ冬樹! ほら、お前に土産を持ってきたんだぜ」  真夏が差し出したそれを手に取った瞬間に、冬樹の表情が蒼ざめた。それは秋夜が表紙を飾っているメンズファッション誌だったからだ。 「カッコいいだろ? お前もそろそろこういうのに興味の出てくる年頃だろうと思ってよ」  数冊が束になったそれは、年頃の男にとっては本来喜ばしい土産物といえる。だが、冬樹には複雑な思いの方が強かったのだろう、うつむき加減で『ありがとう』というのが精一杯の様子だった。  その間、秋夜の方はといえば、集まってくれた近所の皆にビールや酒を注いで回っていた。初めて会う面々ばかりだが、にこやかで人当たりの良い秋夜の対応は、皆からの評判も上々で、既に違和感なく溶け込んでいる。彼のそうした細やかな気遣いは、真夏にとってはたいそう嬉しいものであるだろうし、そんな恋人を横目にしながら鼻が高いのだろうなというのがよく分かった。  相反して、宴会の間中、彼ら二人の様子を幾度も幾度も冬樹がチラ見していたのを、俺は複雑な心境で窺っていた。  晩餐を楽しみ、皆が帰って行った後、ようやくとゆっくり話ができるだろうと胸を躍らせて、冬樹は彼の部屋を訪ねたのだ。  俺は何だか胸騒ぎがしてならなかった。  よからぬ事が起きなければいいのだが――そう思いつつ、冬樹の後を憑いて歩いた。 ◇    ◇    ◇  上京前に真夏が住んでいた部屋は、宴会をやっていた母屋とは別棟に建っている離れだ。就職を機に彼が独り立ちしてからも、特に使う家族もいないので、そのまま彼の部屋になっているようだった。  『離れ』という安堵感からなのか、単に鍵を掛けたり部屋の扉をいちいち締めたりする習慣がないだけなのか、僅かに開いた隙間から漏れてくるやり取りは、冬樹を驚愕に突き落とすに充分過ぎるものだった。  やっぱり――! 思った通りのことが起きやがった――  まるで全身がフリーズしてしまったかのように、しばらくヤツはこの場を動くこともままならなかった。  扉の外に冬樹が来ているなどとは露知らぬ部屋の中では、恋人たちの睦み合いにますます火が点っていく。 「……おい、マジで今日くらい我慢できねえのかって……ッ……あ……!」 「無理だな」  見なくても分かる。衣擦れの音と共に、合間を縫ってチュッ、チュッと繰り返される濡れたような音が心拍数を跳ね上げる―― 「……ッ! 信じらんね……部屋帰ってきて、いきなりおっ勃てるとか……有り得ねえ」 「そういうお前だって、もう硬てえぞ。――ん? ほら」 「……! ンなとこ、触んじゃね……ってのに! てめえが、こんなことすっから……は……あっ」 「仕方ねえだろ。今日一日、二人っきりになれなかったから、その反動――かな」 「楽しかったじゃねえかよ。親戚の皆さんもご近所さんも、皆いい人たちばっかりでさ。俺、こういう大家族って雰囲気味わったことねえから、すっげ新鮮だったし」 「ん、さんきゅな。お前にもいろいろ気ィ遣わせちまったけど、皆とも馴染んでくれてマジ嬉しかった。感謝してる。だから――ささやかだけど、その礼っての?」 「……や、それ、礼と違うから! つか、そういうのは……帰ってから……って、おい……マナ……ッ」  『マナ』という聞き慣れないイントネーションは、普段からそういうふうに呼んでいるという証拠だろう。そんな呼び名ひとつをとってみても、きっと冬樹の心の傷を押し広げたに違いない。

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