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第7話
複雑な内心を押し隠し、精一杯つくろったこいつが、傍で見ていて痛々しかった。相反して、真夏の方はといえば、心配そうに首を傾げて冬樹を覗き込む。
「どした? お前、今日は何だか元気ねえなぁ」
まるで脳天気な台詞に思わず眉をしかめさせられる思いだ。しかも、心底心配そうにしているから尚タチが悪かった。
「別に――何でもないよ。ここンとこ、毎日部活で出ずっぱりだったからさ。結構厳しいんだ、顧問の先生」
「そうか。残念だけど部活じゃ仕方ねえわな。その代わり、旨えの釣ってきてやっから! 夕飯 楽しみにしてろよー?」
そう言って頭をクシャクシャっと撫でられ――思わず涙がこぼれそうになるのを必死で抑えて、逃げるように部活へと急ぐ様子が気の毒だった。
◇ ◇ ◇
冬樹が出掛けていった後、俺は真夏に憑いたハラグロを呼び出すことにした。ヤツならば、より詳しくあの二人の様子を観察できているだろうと思ったからだ。
俺が昨夜のことを尋ねると、それを目の当たりにしていたハラグロは、鼻息を荒くしながら興奮状態だった。
「いやぁ、もう参ったぜ! つか、最高だわ、あのカップル! 今までのどんな恋人たちよりもダントツで萌える! もう、エッチは濃いし、昨夜なんか俺までやばくなりそうなくらいすげかった!」
まあ、そうだろうな――想像通りだが、冬樹のことを考えると少々複雑ではある。
「つかよ、てめ、何であのガキの方に取り憑いちゃってるわけよ! 話が違うじゃねえか!」
ハラグロが傍でギャアギャアとわめいて文句を言っているが、俺は正直うわの空だ。今頃、冬樹はどうしているだろうと、そっちの方ばかりが気になって仕方ない。
「おい、ケイハク! 聞いてんのか? お前、さっきっからボケーっとしちまってどうした?」
「――ああ、ちょっと考え事をな。それよりお前に訊きてえことがあるんだが」
「何よ?」
「お前の憑いた真夏って兄ちゃんな、あいつ、どんな奴だ?」
「どんなって……普通にイイ奴じゃねえ? 男前だしエッチは濃いし上手いし、それに何と言っても情熱的だ。あの美人のネコに心底惚れてるって感じだし、ありゃ浮気なんかぜってーしねえタイプだな」
――やっぱりな。パッと見ただけだが、俺にもあの兄ちゃんがおおよそどんな奴かは想像がついていた。
「じゃあ……ネコの方はどうだ? 俺が憑くことになってた秋夜っていう男の方だ」
「どうって、彼の方も真夏って奴に似合いのイイ男って印象だけどな。真夏の家族とかにもちゃんと気配りできるっつーか、感じはいいし皆にも気に入られてるようだぜ? 二人とも男前のくせに鼻に掛けたりしてねえし、モテるからって他所でつまみ食いして遊ぼうなんて気は更々ねえってふうなのが好感持てるわな」
何でそんなことを訊くんだと、ハラグロは不思議そうに俺を覗き込む。少し気重なため息が出そうになるのを抑えて、俺は冬樹のことをハラグロに打ち明けた。
「――はあ、なるほどね。つまり、お前の取り憑いたあのガキんちょは、俺が憑いた兄ちゃんのことが好きだってわけね?」
「おそらくな。昨夜、部屋の外であの二人の仲を知っちまってから酷く落ち込んでる様子でな。ちょっと気になってるんだ」
「もしかして昨夜の情事を見ちまったってわけか? そりゃ気の毒だったわな。あのボウズの感じからして、まだキスも経験したことねえってなふうだもんな。いきなり濃いモン目の当たりにして、しかも好きな相手がそんなことしてりゃ、尚更ショックだったろうな」
ハラグロは同情しつつも、
「でもな、俺の予感じゃ多分あの二人はおおよそ別れるだの離れるだのってことは無え――ってなふうに見えるぜ。ボウズにゃ可哀想だが、秋夜ってのは心根もやさしい奴って気がするし。さっきだってな、真夏と一緒に釣りをしながら『部活から帰ってきたら冬樹君にも喜んでもらいたいから、がんばってたくさん釣りてえな』って言ってたぐらいだから」
「――そうか」
今日も一緒に夕卓を囲むことを知っているからなのだろう、真夏にとって実の弟に違 わない付き合いの冬樹を、彼も同じように大切に思い、接しようとしているのがよく窺えるエピソードだった。
こればかりはどうにもならないことだと知りつつも、どうにもため息がとまらない。そんな俺を横目に、ハラグロは懐から煙草を取り出すと、何も言わずにそれを勧めてきた。
しばし二人で木の上に腰掛けて、横並びで煙草をふかす。
今日は晴天というわけじゃないが、それでも時折雲間を縫って届く太陽の光は熱く眩しく、だが頬を撫でる風は涼やかで心地いい。ふとした瞬間に晩夏を感じさせる、まるで夏と秋が穏やかに絡み合うような――そんな午後だった。
「ま、俺らにゃ、どうしてやることもできねえさ。これもボウズが大人になる為の階段ってところかな。けど、乗り越えた先にはボウズにも必ず幸せが待ってるって、そう願うしかねえよ」
「ああ、そうだな――」
さりげなく俺を慰めつつ、銜え煙草の紫煙に瞳を細めながら遠くの景色に目をやっているこいつの存在が、今はとてもあたたかく感じられた。
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