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【一】偶発的な事象
その日は、曇天だった。白い空が、街を低く圧迫している。
研究所の中の、己の研究室で、鳴神は頬杖をついていた。周囲には、秘書ドローンが三体ほど、コーヒーサーバーである円柱形ドローンが一体、景観を保つ植物栽培ドローンと清掃ドローン、空気清浄用のドローンら――合計七体のロボットが稼働している。
ノックの音が響いたのは、その時の事である。現在、午前十時。約束丁度の時間に、研究室の扉が開いた。視線を向けた鳴神は、花瑛の端正な表情を見据える。
「おはようございます、鳴神博士」
「――おはよう、花瑛大尉」
明確に立場は、鳴神の方が上である。年齢も、二十七歳の鳴神の方が上だ。狐色の髪に掌で触れながら、鳴神は溜息をつく。
「新型のドローン兵士を作れと言うけど、AIのバージョンの更新以外、特に新規で開発する要素は無いよ。この結論は変わらない」
何度訪ねてこられても、結果は同じである。花瑛が持ってくる軍上層部の要求は、ドローン兵士の開発である。しかし常に最良の物を生み出している鳴神から見れば、現在のドローン兵士が最高傑作であるから、簡単に新規開発を要求されても困るというのが本心だった。
例えば必要な機能があって開発するのであれば、納得も出来る。しかし既存のドローンで応用可能な動作ばかり、軍は要求してくる。理由は、予算の関係らしい。研究所に支援するという名目で、軍はロボット関連予算を手にし、その一部を別件に使いたいらしいのだ。実際、研究所もそれは分かっているから、不要な機能の開発を鳴神に指示する事も多い。それが鳴神には鬱陶しいと思えた。
「承知致しました。そのように上層部には、伝えておきます」
花瑛は反論しない。義務的に、事務的に、命じられるがままに、軍上層部の決定を運んできて、鳴神に述べるだけだからだ。その態度も、鳴神は気に入らない。軍と己の間を往復するだけの、自分の意見の無い行動は、鳴神から見れば非常に無駄だ。
「花瑛大尉。君の意見は?」
「――災害対策は、軍の重要な責務の一つだと考えています」
「前回も、その前も、さらに言えばその前も、瓦礫撤去機能のバージョンアップをしたけれど、これ以上、一体どんな不可思議な形態の瓦礫が出現すると思うの? 現在の状態が最良だ。違うかな?」
「それを決定するのは、私ではありません」
「そういう問題じゃない。君の意見を聞いているんだ」
苛立ちながら、鳴神が述べた。片手では、机をトントントントンと叩いている。それを見た花瑛は、僅かに視線を下げてから、溜息を押し殺した。
「一体、これ以上、何が必要だと考えているのかな? 教えてもらえる?」
「……」
「答えは?」
鳴神が目を細める。実際、花瑛に八つ当たりをしても、軍の決定が変化するわけではないという現実は、鳴神だってよく分かっていた。しかし彼は沸点が低い。冷静沈着なのは、外見だけだ。決して怒鳴りつけるような事は無いが、淡々と糾弾する事には定評が有る。
「答えを聞いているんだけど?」
苛立ちは収まらない。その時、ついにブチりと理性が途切れ、怒りそのままに鳴神が告げた。すると――脳の電気信号を受け取り、かけていた眼鏡型の指令装置が、作動した。これは急な怒りによる、ロボットへの誤った指令が起きないようにという、セーフティプログラムである。ブツンブツンと音がして、室内にいた七体のロボットが一斉に停止した。
その瞬間だった。
ガクリと花瑛の体が揺れた。
「え?」
驚いて鳴神が目を見開いた時、そのまま崩折れるように、目を伏せた花瑛が絨毯に倒れた。慌てて鳴神は立ち上がる。
「花瑛大尉?」
狼狽えながら、突然倒れた麗人に手を差し伸べ、鳴神は抱き起こした。そして、完全に意識を喪失している事を確認する。
「花瑛大尉」
呼びかけ、頬を叩いてみるが、反応が無い。焦って鳴神は、指令装置に内蔵してあった、救命救急用知識が入っているVRと生体モニターを眼鏡の表面に起動する。
「!」
そして目を見開いた。
「……」
花瑛の体の内側には、機械が入っている。その電源が、他のドローン達と同様に、切れてしまった事が、失神の原因だった。それも、脳機能の制御部分にAI入りの装置が見える。筋力を補強する装置も入っている。これではまるで――生体人型ロボットだ。
無論、事故等で、ロボットに限りなく等しい体を持つ人間は存在する。だが、内部の装置構造を読み取った鳴神は、首を振った。目の前で意識を失っている花瑛の体に入っている部類のものは、医療用の装置では無い。ロボット工学の若き権威である鳴神には、それが分かった。
そしてタイミングも、鳴神の指令装置のセーフティプログラムが起動した時だった。
ゆっくりと花瑛の体を絨毯の上に改めて横たえてから、鳴神は、花瑛の右耳に触れた。信じられない思いで、ピクリとも動かず瞼を閉じている花瑛を見る。眼鏡型の指令装置を視線で操作し、鳴神は電源を入れる為のプログラムを作動させた。
「ン……」
するとゆっくりと花瑛が双眸を開けた。呆気に取られた鳴神の前で、花瑛が上半身を起こす。どこかぼんやりとした表情をしているのは、再起動によるAIの稼働までのロス時間だ。確実に、花瑛はロボットである。鳴神は騒ぐ鼓動を必死で抑えながら、そう確信した。
「……僕は……」
混乱しているのか、花瑛の一人称が変わっていた。鳴神は、起き上がった花瑛の体を支えながら問う。
「君、生体人型ロボットだったの?」
「!」
すると花瑛が目を見開いた。
実際――その通りだった。しかし花瑛は、これまで他者に一度も気づかれた事が無かった。知っているのは、軍上層部の、ごく一部の人間だけのはずだった。動揺した花瑛は周囲を見渡す。すると再稼働しようとしている秘書ドローンの姿が視界に入った。
……鳴神の怒りに反応した、指令装置による強制電源遮断が、己の体にも働いたのだと悟り、青褪めた。反射的に、鳴神の手を振り払おうとしてしまう。だがその時、鳴神が素早く、花瑛の右手首を掴んだ。
「これは回答可能な問いだと思うけど?」
「……」
「好奇心が無いとは言わないけど、強制的な遮断と再起動は、体に影響を与える事がある。俺の責任だから、状態を確認したい」
「……問題はありません」
「それを判断する事こそ、君自身では無いと思うけどね」
言いながら、鳴神は花瑛の体をサーチした。そして異常が無い事を確認していく。
「軍用の人型ロボットでは無さそうだけど――解放されたセクサロイド?」
「っ……この事は、内密に……」
言いにくそうに、花瑛が頼んだ。それを聞いて、小さく鳴神は頷く。
――セクサロイドの処遇が改善された、と、公的には言うが、娼館にも限りがある上、セクサロイドは個人が所有するには値が張る。よってある社会問題がある。セクサロイドだと露見すると、強引に肉体関係を要求される被害が後を絶たないらしい。就業先でも差別を受ける事も珍しくはない。軍でこの事が露見すれば、見目麗しい花瑛が、性的な対象として見られるのは明らかだと、鳴神は思った。そしてセクサロイドは、あくまでも元々は機械であるから、違法となった今も、人間への罰則はほぼ無いに等しい。
「セクサロイドは、再起動したら、性的な能力の確認が必須だよ」
「……」
「そうしないと、無駄な負荷がかかる」
「……」
「そもそも、再起動直後は、自動的に昂ぶるプログラムが入っていると思うけど、体は辛くない?」
淡々と鳴神が聞いた。あくまでも事務的な声だ。内心では動揺していたが、それを表面には出さない。一方の花瑛は、触れられている手首から、熱が入り込んでくるような感覚になり、息を詰めた。実際――体が熱い。ただでさえ、ずっと抑制していた体が、明確に熱を帯びていくのが分かる。
時間が経過するにつれ、花瑛の息が上がり始める。白磁の頬に朱が差していく。花瑛の潤んだ瞳を見て、いつもとのあまりにもの差異……壮絶な色気に、鳴神が息を呑んだ。
「――隣に仮眠室がある」
右手の壁へと視線を向けて、鳴神が言った。すると悔しそうに、花瑛が唇を噛む。
「平気です。離して下さい」
「とても大丈夫そうには見えないけど?」
視線操作で、眼鏡型の装置を操作し、鳴神は研究室を施錠した。そして強く花瑛の腕を引く。するとあっさりと花瑛の華奢な体が、鳴神の腕の中へと収まった。基本的にセクサロイドは、無理強いされても、AIの働きで抵抗が出来無い。
それをよく理解していた鳴神は、そのまま仮眠室へと花瑛を無理矢理促した。そしてそちらも施錠し、簡素な寝台を見据える。
「確認をしたいから、座って服を脱いで」
「嫌です」
「ただの処置だから」
「ですが――……ッ!」
その時、鳴神が眼鏡型の指令装置を操作して、セクサロイドが内蔵している『快楽モード』をオンに切り替えた。ゾクリとした花瑛は、両腕で体を抱き、その場に座り込む。
「床じゃなくて、ベッドに座って」
「……っ、止め……」
「辛いのは、花瑛大尉だと思うけど」
その通りだった。花瑛は震える体で、思わず鳴神を睨む。その視線を受け止めた鳴神は、嘆息した。発情状態のセクサロイドは、人間の欲望を煽る視線や仕草が作動するよう設定されている。それを理性で理解していたが、鳴神から見ると、花瑛はあまりにも扇情的だった。
「立って」
「……ぁ」
鳴神がしゃがんで花瑛の背に触れた。吐息が耳に触れて、思わず花瑛は声を漏らす。
「立てない?」
「嫌だ、止め……っ、ん」
「口調が乱れてるよ」
「あ……ッッッ」
鳴神が花瑛のネクタイを引き抜き、シャツのボタンを外して、花瑛の鎖骨を指先でなぞった。その感触にゾクゾクとして、花瑛はきつく目を閉じる。そんな花瑛を抱き起こし、鳴神は寝台の上に、花瑛の体を軽く押した。既に立っていられない状態だった花瑛は、転ぶように寝台に沈む。
花瑛のベルトを引き抜き、下衣を鳴神が脱がせる。無抵抗に花瑛はそれを受け入れた。体が動かなかった。そうAIによる指令が全身に働いているからだ。シャツを纏うのみとなった花瑛は、唯一自由になる視線で、必死に鳴神を睨む。しかし、その瞳も、意識こそしていなかったが蕩けていた。
淡い桃色の乳首を見て、綺麗な体をしているなと、鳴神は考える。己も寝台の上にあがり、花瑛の太ももの間に膝をついて、骨ばった指先を鳴神は花瑛の胸の突起に伸ばした。
「ぁ……ア」
すると花瑛の全身が熱を帯びた。ずっと絶っていた他人からの接触に、セクサロイドである体が明確に反応した。花瑛の瞳が、より潤んでいく。
鳴神の指先が、花瑛の右の乳頭を弾く。そうされるとジンと花瑛の体の奥が熱くなった。花瑛は体の中に、男性の陰茎を受け入れるタイプのセクサロイドだ。同時に、自分自身の快楽よりも、挿入する側の人間の男性に快楽をもたらす事が、元々の使命だった。その為、このように甘く触れられた事は無かった。
「あ……ぁァ……」
「もっと声を出して構わないよ。感度に異常は無さそうだな」
「ンぅ……ぁ、は……」
花瑛の陰茎が反応を示している。既に反り返り、先走りの液が溢れている。淡い色彩の陰茎を見て、鳴神がもう一方の手を伸ばした。
「あ、あ、あ……」
「出して良いよ」
「出来な……ッ、ぁ……あ……」
「どうして? ああ、内部に制御装置があるのか」
セクサロイドの中には、花瑛のように、体内に射精や絶頂を管理する装置があるものも珍しくはない。その場合、基本的には人間の指や肉茎、あるいは玩具の挿入等が無ければ果てられない場合も多い。
「あ、ぁ……ァ……うぁ、ぁ……」
鳴神が指を花瑛の中に進める。すんなりと入った二本の指で、鳴神は花瑛の中の装置――感じる場所を探っていく。
「ひ、ッ」
すると壮絶な快楽に襲われて、ガクガクと花瑛が震えた。こうなってしまえば、もうダメだった。体が、快楽以外拾わなくなっていく。全身が熱い。
「あああ……う、ぅ……ぁ……あア……!」
ぐちゅりと音がし、自然と花瑛の内側が、収縮する。二本の指先を折り曲げて、コリコリと鳴神が、花瑛の前立腺を刺激した。セクサロイドも体内構造は人間と変わらない。そうされると頭が真っ白になり、花瑛は泣きながら首を振る。下半身に力が入らなくなっていき、陰茎に熱が集まる。
「ああ!」
一際強く刺激された時、花瑛は放った。そのままぐったりと寝台に沈み込む。肩で息をしている花瑛の姿を確認し、鳴神は指を引き抜いた。
「今日は念のため、早退してゆっくりと休んだ方が良い」
「……」
「制御系統にも肉体的にも、異常は無いみたいで良かったよ」
「……お手数を」
「ううん。俺のせいだから」
「鳴神博士、この事はその……誰にも……」
「分かってる。吹聴するような真似はしないよ」
その言葉に、花瑛は安堵した。
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