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【二】焼きつく①
――軍属になってから、早退したのなど、初めての出来事だった。
鳴神に言われた通り、早退を願い出て、花瑛はモノレールに乗り込んだ。体は落ち着いてきたのだが、今もなお心臓はドクンドクンと煩い。
家に近づくにつれ、どんどん早足になっていく。瞬きをする合間に脳裏を過ぎるのは、鳴神の顔だ。思い出そうとしているわけではなく、なるべく振り払ってしまいたいと思うのだが、脳裏に鳴神の顔が焼きついて離れない。
花瑛から見た鳴神は、これまでの間は、どこか我が強く融通のきかない研究者といった印象だった。しかし先程触れられた時を思い出せば、その手つきは優しかった。体が蕩けてしまうようだった、鮮烈な体験を思い出す。
「……」
これまで停止させていた『快楽モード』のスイッチが、入ってしまった。制御していても体が熱かったというのに、現在は快楽を司る機能が起動している。セクサロイドは、自分ではモードの切り替えが出来無い。早急にメンテナンスを受けて、抑制状態にすべきだと、花瑛は判断した。その為にも、自宅に帰らなければならない。
花瑛は全てのメンテナンスを、メンテナンス用AIの入ったロボットに任せている。ロボットがロボットの体をメンテナンスする形だ。迂闊に生体人型用のメンテナンス施設を利用すれば、軍の人間に見つかるかも知れないという危機感から導入した品である。
エレベーターホールを抜けて、逃げるように自宅の扉を開けた花瑛は、そのまま玄関で座り込んだ。右手で唇を覆った時、頬が熱い事に気がついた。
――足りない。
体の奥深くがジンと疼いている。本来であれば、男根を体内に受け入れて初めて、本当の快楽を得られる体だ。人間の指で射精を促されても、一定の満足は得られるが、起動してしまった欲望は止まらない。瞬きをする度に、鳴神の眼差しが脳裏に浮かぶ。
「あ……ハ……っく……」
息が苦しく感じた。それから必死で立ち上がり、メンテナンス用ロボットを起動する。コンソールに指で触れ、専用の器具を耳から接続する。するとスっと精神が透き通っていくような気がした。精神的にはこれで楽になるが、体はその限りでは無い。完全に落ち着くまでは、感度が上がってしまったのは否めない。
まさか――こんな事故が発生するとは、考えてもいなかった。憂鬱な気分になりながら、接続装置を耳から外し、花瑛はソファに向かう。そして焦げ茶色のソファに深々と背を預けて、観葉植物の緑を見た。鳴神の瞳の色も緑色だった。
「事故で、あくまでも処置だ……」
鳴神の事を思い出すのを止めようと考えながら、花瑛は目を閉じた。
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