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【五】沈黙の破り方

 帰宅した鳴神は、自分の家がある階のエレベーターの前に、無駄に立っていた。早めに研究室を出たのは、相変わらず仕事にならなかったからであるが、ここに立っている理由は――だからこそきっと己より遅く帰ってくるはずで、これからここを通るのだろう花瑛を待っているからに他ならない。  完全に恋する思春期の男子のような精神状態だと、鳴神は己の感情の動きを、正確に把握していた。そわそわしながら、白衣のポケットに両手を突っ込んでいる。端から見れば、表情こそ変わらないが、内心では花瑛の事ばかり考えていた。  ――体に絆されたのだろうか?  最初はそう考えたが、どうにも違うように思えるのだ。いつも毅然としているように見えていた花瑛の、儚い一面を知ってしまった感覚、それを見た時に、助けたいや守りたいといった感情を抱いた事、それらが理由だと判断している。花瑛が自分の前でだけ見せた弱さに、どうしようもなく惹かれたのだとしか言えない。  これまで仕事をしている間、意識していなかった相手が、急に綺麗に見え始めた、というのともまた違う。脆さのようなものを感じ取ってしまった気がして、胸が疼くのだ。  その時、エレベーターの扉が開いた。降りてきたのは、コートを羽織った花瑛である。 「あ」  鳴神が声を出すと、花瑛が視線を向けた。二人の目が合う。 「――こんばんは、花瑛大尉」 「こんばんは……今、お仕事終わりですか?」 「うん。まぁそんなところかな」  嘘をついた鳴神は、少しだけ視線を揺らした。しかし花瑛は疑うでも無い。花瑛の方も今日は一日鳴神についてばかり考えていたので、実物を見た瞬間、少しだけ胸が騒いでいた。 「……」 「……」  お互い、目を合わせたままで、言葉を探す。今回も、先に沈黙を破ったのは、鳴神だった。 「夕食は、ゼリー?」 「その予定です」 「人間と同じ食事もとれるんだよね?」 「はい」 「俺も今からなんだけど、一人で飲食店に行くのもなんだし、宅配には飽きたから、一緒にどう?」  普段、鳴神は気にせず一人でも外食するタイプであるが、必死に口実を探した。口実が無ければ、まだ気軽に誘える仲ではない事が、悲しくもある。  そんな鳴神の誘いに、大きな瞳で、何度か花瑛が瞬きをした。過去には、セクサロイドと露見しないように周囲を気にしてばかりだったから、誰かと食事に出かけた事など一度も無いからだ。 「……私で良ければ」 「僕、っていうんでしょう? 普段は。気楽に話してくれていいよ」 「……はい」 「行こう」  花瑛の同意が嬉しくて、迷わず鳴神はエレベーターのボタンを押す。機会は逃さない。  こうして二人は、マンションの二階に入っているレストランへと向かった。軍と研究所が借り上げているマンションであるから、二人を知る者も多い。物珍しそうな視線が飛んでくるが、鳴神は気にしなかったし、花瑛は気づいていなかった。  レトロに見えるメニューを開いて、鳴神が対面する席に座った花瑛を見る。 「何にする?」 「僕はボンゴレを」 「そう。じゃあ俺はボロネーゼにしようかな」  イタリアンを楽しむ事に決め、鳴神はメニューに触れる。紙形態のタッチパネルだ。すぐにドローンが、料理と飲み物を運んでくる。飲み物は勝手に鳴神が選んだ、人間にもアンドロイド――セクサロイドにも美味に感じられる栄養剤入りの味つき炭酸水だ。花瑛もその品が好きだったので、運ばれてきたグラスを見ると、少しだけ頬を緩ませた。 「今日は仕事は、どうだった?」 「上層部の皆様は、メンテナンス部分の改修で良いとの事で、明日お伝えしようと思っていました」 「そう。ただその、そういう意味ではないし、それは明日聞くよ」 「?」 「なんていうか、疲れたとか、何があったとか、そういう意味で聞いたんだ」  雑談がしたいという事である。だが鳴神の意図を上手く汲み取れず、小さく花瑛は首を傾げた。今日目立った出来事はといえば、東大尉の事くらいである。だから花瑛は声を顰めた。 「あの……鳴神博士」 「博士はいらないよ」 「そういうわけには……ええと……」 「じゃあ、『さん』とか。プライベートな場で仕事を思い出したくないんだ」 「では僕にも大尉は不要です」 「それで?」 「……キスマーク、付けましたか?」  東大尉に言われた事を、小声で花瑛は尋ねた。すると鳴神が苦笑した。 「強く痕を残したりはしてないよ。少し首筋にキスはしたけど」 「今日、ついていると言われて」 「誰に? よく見ないと分からないと思うんだけど」 「……東大尉です」 「よく見られたわけだ」 「エレベーターの中でちょっと……」 「見られたら困るの?」 「困ります。誰かにバレたら……」 「それは俺達の関係が?」 「関係というか、僕の体の事です」  嘆息した花瑛は、フォークを手にする。その白い手を見ながら、よほど気を遣って生きているのだろうなと、改めて鳴神は考えた。 「そう。気をつけるよ。これからは、見える位置は避ける」  何気なく鳴神が述べた『これから』という言葉に、花瑛はドキリとした。チラリと鳴神を見る。その『これから』には、例えば『今夜』は含まれるのだろうかと、思わず考えていた。  鳴神は、フォークとスプーンを使ってボロネーゼを巻き取りながら、無論『今夜』どう誘うかについて考えていた。こちらもチラリと花瑛を見る。  再び二人の目が合った。艶っぽい花瑛の瞳と、僅かに獰猛に変わった鳴神の瞳が、交差する。お互いにそれを見て取り、『今夜』があるようだと直感していた。黙々とパスタを食べながら、どう誘うか、切り出すか、双方考えていた。行動的なのは、鳴神の方である。鳴神は欲しいものは手に入れる主義だ。 「今夜も、俺の部屋においでよ。来ないからと言って吹聴したりはしないけど――つまり脅迫とかでは無いけど、ゼリーがまだまだあまってるから、食べていって欲しいと思って」 「伺います」  一方の花瑛は受け身だ。これまでに、こんなやりとりの経験が無いのだ。だから露骨に赤面していた。情事を想像しているのは明らかである。その反応に鳴神は気を良くした。  食後二人で、また揃ってエレベーターに乗った。向かった先は、鳴神の家である。 「ぁ……」  この日鳴神は、抱きかかえるようにして下から花瑛に挿入し、抱きしめるように回した腕で、花瑛の両乳首をキュッと摘まんでいた。 「ぁ、ァ……あ……っ」 「乳首、好き?」 「ん、ぁ……好き……好きです……う」  もどかしさから、花瑛が震えている。寝室にある鏡には、二人の姿が映っている。反り返った花瑛の陰茎の先端からは、とめどなく先走りの液が零れている。時々意地悪く鳴神は突き上げるが、それ以外はずっと乳頭を弄んでいる。 「あ、ハ……あ、あ」  花瑛の太股が震えている。花瑛のうなじを舐め、首筋に軽く噛みつき、時には耳へと舌を差し込みながら、鳴神は胸ばかりを責め立てる。赤く尖った花瑛の乳首を、コリコリと鳴神が虐めるのだ。 「乳首だけでイける?」 「や、ぁ……出来な――っ、ッ」 「本当に?」  セクサロイドの体は、持ち主が開発していくものだ。強制的にAIに指示して特定部位で果てさせる事も勿論可能だが、基本的には刺激を与えて体に快楽を記憶させていく。鳴神はそれをよく知っている。セクサロイドの体の講義も、学生時代に受けたからだ。人型のドローンについて、鳴神より詳しい人間は少ない。 「あ、あ、鳴神博士……」 「博士はやめてくれと言ったはずだけど」 「鳴神さ、ん……ン」 「うん。ねぇ、花瑛。今、気持ち良い?」 「あ、あ、気持ち良い、けど……っ、う……ああ……もっと……」 「動いて欲しい?」 「うん」 「素直な方が俺は好きだよ。自分で動いてごらん?」  鳴神が囁く。その吐息にすら敏感な花瑛の体は感じ入る。言われた通りに、ゆっくりと花瑛は体を動かし始めた。動き自体はAIにプログラムされているので、人間の、即ち鳴神の快楽を煽るように非常に巧みに動く。 「あ、あ、あ」 「俺も気持ち良い。上手いな、花瑛は」 「ダメ、あ、また大きくなっ――あああ」  鳴神の肉茎が存在感を増した為、花瑛は震える息を吐いた。ギュウギュウと内部は、鳴神の陰茎を締め上げている。巨大で長い鳴神の陰茎で満杯になってしまった中は、その形を記憶し、ぴったりと絡みついている。 「あ、ひゃぁ……っ……く」 「ここが好き?」  花瑛の陰茎に片手を伸ばし、鳴神が扱きを始める。中と前への同時の刺激に、泣きながら花瑛が頷く。 「好き、好き、出したい」 「知ってる。でも、我慢」 「っ」 「やっぱり今日は、胸だけでイってみようか」 「!」  鳴神が花瑛の耳を噛む。そこには快楽モードの切り替えスイッチがある。一気に全身が性感帯のように変わって、花瑛は目を見開いた。ふれ合っている背中ですら気持ち良いのだ。その状態で、再び花瑛が、花瑛の両乳首を摘まんだ。 「ああああああああ!」  瞬間絶頂に達し、ビクンと花瑛の体が跳ねる。あまりにも強すぎる快楽に襲われて、そのままガクリと花瑛は体を鳴神に預けた。同時に収縮した内部の感覚で、鳴神も放つ。そのままで、暫くの間、鳴神は花瑛を抱きしめていた。鏡に映る花瑛の顔は、ドロドロに蕩けていたから、それを確認して鳴神は口角を持ち上げる。 「さて、ここが好きなんだったね」 「待って、こんな状態で触れたら――あああああ!」  鳴神が花瑛の陰茎を握り、擦り始める。壮絶な快楽に花瑛は絶叫した。花瑛の白液が飛び散る。何度果てても出せる体である上、快楽モードが最強状態の現在、出しても出しても止まらない。 「だめ、あ、だめ、ぇ! あ、あ、ダメ、だめぇええ! 待って、待っ――!」  連続で果てさせられて、花瑛の理性が焼き切れた。  ――セクサロイドの体は快楽に弱い。当然の事だ。だから先に、体だけでも手に入れてしまいたいと、鳴神は思っている。心が最終的に何より欲しいが、もう誰にも花瑛を触らせたくない。花瑛の体を、自分なしではいられないように作り替える気にさえなる。本来それは所有者が自分の好みに調教するために備え付けられた機能であるのだが、ある一定の快楽リズムを記憶させられると、セクサロイドは他の人間に触られても、教え込んだ人間以外に触れられた時、最高の快楽は得られなくなる。 「もっともっと俺で感じて」 「あああああ――!」 「俺じゃなきゃ、駄目になるように」  既に駄目になっていると、最後に考えて、花瑛は意識を手放した。  目を伏せた花瑛の汗ばんでいる肌を見て、己は鬼畜かもしれないと暫し悩みつつ、それでも花瑛が欲しくて仕方が無いと感じた鳴神だった。

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