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第10話

 その次ぐ日から数日間、事務所を挙げて金子の動向を探った。  金子に関して判ったことは、どこかに逃げたか、住処文字(ヤサ)はどこか、と徹底的に調べたが、結局友哉のマンションに入り浸っているということだ。  そりゃあいいマンションだし立地もいい、住みたくもなるだろう。 「あいつ舐めてんな」  戸叶が苛立たしそうに舌を鳴らす。 「まあ、俺らのこと判ってねえし、そりゃ仕方ねえよ」  昼間、マンションを見張りながら戸叶と佐藤はソフトクリームを舐めながらそんな会話をしていた。もちろん仕事のうちで、アイス舐めて停車している車などは油断させるに十分だ。  昨夜の話し合いで、今日の夜に金子の制裁を決行することに決まった。  金子が部屋にいるにしろいないにしろ、取り敢えず午前0時になったら部屋へ入り、金子を見つけ次第エレベーターへと連れ込むのが作戦の第一段階だった。  その中で起こることは、佐伯と姫木しか知り得ない。  今の戸叶と佐藤は、黒狼会の人間の出入りをまず確認することだ。それによって出かたも変わるから。  同じところにばかりいたら後々目撃者等で面倒になるので、途中食事や諸々の事で若手と車を交代しながら、長い時間マンションを見張った。現在23時50分。  佐藤は佐伯に連絡を入れた。 「今現在、金子は不在です。黒狼会の動きも見えず現場は今の所異常なしです」  佐伯たちは今、近くの公園脇に児島と涌谷の若手と待機している。 『わかった。じゃあ俺らも向かう。金子が現れたら連絡してくれ』 「わかりました」  運転席の戸叶にー今来るらしいーと告げると、戸叶は車のエンジンをかけてその場を離れ少し遠いがマンションが見渡せる道へと移動した。  少しすると白のヴェルファイアが到着し、そこから佐伯と姫木が降りると再び発進していく。 「いよいよだな」  戸叶がハンドルに腕を乗せて佐伯と姫木の後ろ姿を見送る。  佐伯は腰までの黒いコート。姫木はいつも長いロング丈の黒コート。もう後姿だけで2人の判別は付く。  仕事の時に黒い服を着るのは、たいてい血を見ることが多いせいで、返り血なども目立たないからだった。  戸叶も佐藤も佐伯たち2人の仕事が好きだった。  容赦がなく、見事で、必要な時は一撃でとどめをさせる。この世界に足を踏み入れた頃初めて見た佐伯と姫木の仕事が目に焼き付き、それからずっとそばにいる。  2人は今ワクワクで胸が躍っていた。  佐伯と姫木は、まず友哉の部屋へ向かった。友也からカードキーを預かり部屋へ入ると酒瓶や食べ物の容器が散らばり、見るに耐えない惨状である。 「ひでえな」  姫木が眉を寄せながら足元のゴミを弾く。仕事の内容上いちいち脱ぎ履きできない靴は申し訳ないと思いつつそのまま履いて入り、リビングに入るとかろうじて空いているソファとパソコンデスクの前のゲーミングチェアーに各々腰掛けた。 「戻ってくるかな」  言いながら、佐伯はソファの上にある菓子の袋を床に落とす。 「そんときゃそん時だな。どこにいようが俺らは行くし」  のんびりとゲーミングチェアーに寄りかかる姫木は心なしか楽しそうな表情。  そんな表情を見て佐伯も表情が緩む。 「お前、そんな楽しそうな顔すんなよ」 「お前もな」   元々2人がこの世界に入った理由は、堂々と喧嘩ができて何をしたって許される環境が整っているからだ。  実際は何をしたっていいわけではないが、2人は力ずくで上の者の信用を勝ち取り、組まで一つ任され、好きなことをした後の始末は全て上がやってくれるという立場を確立したのだ。  しかし、そんな修羅場はそうそうあるわけでもなく、特にその傾向が強い姫木は久しぶりに血を見そうな仕事に気持ちが湧き立っていた。  音を消したスマホが震え、見てみると <金子がマンションに入りました。すぐに部屋へ着くと思います>  と言うメッセージ。 「来るぞ」  と姫木に告げ、2人はゆったりと椅子へもたれかかった。  カードキーが解除の音を鳴らすと、ドアが開いて金子が入ってきた。  鼻歌を歌いながらリビングのドアを開けて、金子は 「誰だ?」  と誰何(すいか)する。 「いやあ、金子さんお久しぶりっす!先日は世話になりました。こないだの子良かったんで直に来ちゃいました」  放っとけばテヘッと言いそうな勢いでとぼけている佐伯に、金子は瞬時にこめかみへ血管を浮き出させ 「おまえ!なんだと、ふざけるな!てめえらが連れ出したのはわかってんだよ!あいつをどうした。借金があるんだぞ。返させねえと俺が上への示しがつかねえんだ」  やっぱりどうみても立派なただのチンピラだった。 「あ、やっぱりバレてました?そうなんすよ。実はこの部屋の人に頼まれましてね、金を返さなきゃならないからあんたを連れて来てくれって。一緒に来てくれますよね」 「ふざけんなよ!戻る気があんならあいつを連れてこい!」  座っている佐伯の胸ぐらを掴んで息巻いてくる。 「そう言わずに。今彼は事情があってここに来られないんですよ。一緒に来てくださいって」  声が静かな割に、佐伯は強い力で金子の手を引き剥がし掴んだ手首を捻り上げた。 「痛えよ!何すんだよ、離せっ!この野郎離せよ」  身を捩って佐伯の手を振り切ろうとするが、横からやってきた姫木に髪を掴まれ膝で顔面を蹴られると大人しくなった。 「な…何なんだよお前ら…」  鼻血を垂らし、折れた前歯をぺっと吐き出す金子を姫木は髪を掴んだまま玄関へと引っ張る。 「どこ行くんだ…よ。あいつ連れてこいっつってんだろ」  そんな(なり)になっても悪態をつく金子を、姫木は今度はリビングのドアノブへ額を打ちつけ、呻く金子を再び引っ張って玄関から出した。  佐伯はノリノリの姫木に任せ、後ろからついてゆく。  姫木は半ば引きずるように金子を連れてエレベーターまで来ると、戸叶が扉を開けて待っていた中へひきずりこみ、ドアの反対側の壁に音がするほど押しつけた。  佐伯は戸叶に、部屋と廊下を汚したことを詫び扉を閉める。戸叶は直ぐに持っていたキーでエレベーターを止め、そしてまず廊下の掃除でもしておこうと佐藤に道具持ってくる様に連絡した。  姫木が金子を押し付けている間に、佐伯は金子から武器になるものを全て取り上げる。 「いいナイフ持ってるじゃん」  金子の腰のホルダーに収まっていたナイフを取り出し、姫木に渡した。 「あと拳銃(ハジキ)な、生意気〜」  そう笑いながら。金子の頭に銃口を当てる。 「ヒィッ」  と金子の喉がなり、鼻血で真っ赤な顔が青ざめた。 「馬鹿だな、こんな簡単にやるわけねえだろ。赤かったり青かったり忙しいな、あんたも」  拳銃をエレベーターの後ろ隅に放り投げ、佐伯は金子の腰を思い切り踏みつける。  頭を姫木に、腰を佐伯に押し付けられて金子はカエルみたいに壁に張り付けられていた。 「友哉が世話になったな」  踏みつけた足をぐりぐりと捻りながら、より強く押し付ける。 「借金の形以外にも世話になったようで」  姫木は空いている手でナイフを持ち、金子からは見えない首筋に当てて刃先をたてた。 「これの切れ味はどうなってんだ?」  自分では見えないところで当てられるナイフは恐怖でしかない。 「や、やめろって…」 「答えになってねえんだよな、じゃあ試すか」  そう言って姫木はナイフを耳朶にあてて、軽く下へ振り下ろす。 「ぎゃああっ」  金子の悲鳴が響き、足元に落ちた耳朶のかけらを見て 「切れ味最高じゃね?最初から教えとけば痛い目見なかったのになぁ」  と、ナイフを再び首元へ戻す 「な、なんなんだよあんたら!」  壁づたいに流れる血に、右側の上半身がじわじわと侵食されていく感覚に金子も流石に怯えの色が入ってくる。 「この世界に入ったらさ…」  そう言いながら佐伯は姫木に目配せして、よいしょなどといいながら不意に金子を反転させた。  自分たちと向かい合う形にして、もう一度今度は腹を足で押さえ、姫木は左腕を持って高く上げさせる。 「自分だけが強いと思っちゃダメだよね。お前天下取ったみたいな事やってたけど、素人相手じゃカッコ悪いよな」  もう抗う気力はないらしく、押さえつけられた腹はさっき食べたばかりの焼き肉が出そうだ。 「まあ、そう言うことで俺らはお礼に来たんだよ。友哉が世話になった礼にね」  足を外して金子へ身を寄せた佐伯は、右足を金子の足の間に割り込ませ寄せた右足で金子の股間を持ち上げた。 「これで可愛がってくれたってな。ありがとう」 「うぐあっ」   膝をぎゅっと上に上げて睾丸を上へと持ち上げる。膝の上で陰嚢がコロコロ動くものだから、佐伯は2個まとめて後ろへと押し付けた。金子から冷や汗が流れ出る。 「そ、そんなのあんたらだって楽し…」 「わかってねえな。俺らは友哉の友達でさ、みるに見かねて助けたんだよ。借金の形に売春(売り)やってんのは仕方ねえとして、お前まで楽しむのは筋が違わねえか?金は払ったのか?」  膝は相変わらずグリグリと上へと押し上げ、白目剥きそうな金子はそれでもここで失神したら命に関わるとでも思っているように意識を保とうと頑張っている。 「あ…あいつヤクザに知り合いいるなんて一言も…」 「知り合いどころか、あの子は高遠の幹部の息子だよ」  今度こそ顔色が真っ青になった。もう殺されるとしか思えない。 「何をしたか、このボンクラな頭でも解ったみたいだな」  佐伯は顔を極限まで近づけて笑った。 「てめえみてえなチンピラでも、高遠と柳井の確執くらいは知ってんだろ」  金子の身体はもう何が理由かもわからないが、ガタガタ震え出している。  ことの成り行きを黙って聞いていた姫木だったが、手が疲れたと言って 「いいかな」  と佐伯に問い、いんじゃね?という謎の会話に今にもぶっ倒れそうな金子が??と思っている間に 「ぎいいやあああああ!」  と悲鳴を上げさせられた。  金子の左手はエレベーターの壁にナイフで刺されて固定されてしまった。 「痛えよ!いてえ!」  騒いで腰を沈めればますます睾丸が体に食い込むし、左手は昆虫がピンを刺されたように留められてるしで次第に混乱してくる 「助けてくれ!知らなかったんだよ!本当だっ!な、助けてくれよ」  空いている右手は、耳からの出血で真っ赤だったが拝むポーズを何度もして、金子は懇願してきた。 「命まで取ろうと思っちゃいないよ」  佐伯がそう言うが、姫木は自分の愛用のナイフを取り出していて、それの刃先はさっきとは逆の首元で再びエッジを立ててトントンと叩かれる。 「でもそれ相応の罰は受けてもらわないと」  こいつ…こいつやる気満々じゃねえか??と目だけで姫木を伺いながら金子は怯えていた。右手はますます拝みのポーズで、懇願をくりかえす金子に 「この右手鬱陶しいな」  と佐伯もナイフを取り出し、右手を左手と同じ高さにあわせると 「この辺かな?」  と意味もなく左手の高さを確認してーいいね。ここだねー  そう言いながらそのままナイフを掌に突き立てた。 「いいいいいいいいいいいいいいいっ」  言葉にならない声で金子は歯を食いしばる。 「これで邪魔じゃないな。よし、じゃあ本番」 「何しやがるこのやろうっ!てめえ!俺のバックには『柳井』が付いてんだぞ!舐めたことしやがると抗争(せんそう)だぞ!」  もう完全に裏返ってしまった声で金子は捲し立てる。真っ青になってる割にまだこんな元気が残っていた。が、金子の瞳孔は開き気味になり、かなりの興奮状態に陥っていた。 「安心しろ。お前みたいなチンピラが原因で抗争(せんそう)なんて起きねえよ」  喉の皮一枚が姫木によってずっとトントンと叩かれ続けて、血が滴るほどになっていた。そしてその滲んでいる傷口に今度こそしっかりと歯 刃をあてすうっと撫でる。頸動脈の少し後ろに赤い線がつき、結構な量の血が滲んできていた。 「そっそんなことねえっ!俺には黒田の貸元がついてんだ!貸元なら俺の敵を…」  佐伯は微笑みながらもう一本のナイフを出して、金子の掌を刺しているナイフをコンコンと叩いた。金子の顔が激しく歪む。  姫木は自分の方で刺し留めてある手を佐伯同様見つめた。 「その黒田さんと話がついてるんだよ。ついでに教えるけど、柳井の2代目にも話はつけてある」  だからお前についてるやつはもういねえよー 耳元で言ってやる。  金子は今度は恐怖で体が震え出し、そしてみっともなくも涙を流し始めた。  黒田とどんな繋がりか知らないが、昨日今日入った新参のチンピラに黒田が肩入れする訳もない。 「たっ助けてくれっ頼むっ!もうあいつには手ェ出さねえからっなっ頼むよ」 「もう遅いんだよな」  姫木はそう言って、右手に持っていたナイフをエレベーターの壁にダンッダンッダンッと3回突き立て 「許しを乞うことなんざ最初からやるんじゃねえんだよ」  ともう一回ダンッと壁を突くと、一瞬何が起こったかも判らないでいた金子が痛みに悲鳴をあげた。 「ひいいいっひいっ」  情けない声の元は、姫木の足元に転がった指4本。 「効き手は避けておいた。左利きだったら悪いな」  佐伯は金子の悲鳴があまりに大きくて耳障りだと、その口に金子が着ているコートの裾を突っ込んでやった。 「あんまり大声ばっかあげると、ご近所に迷惑だから」  そう言いながら佐伯は、金子のだらしなく下がったカーゴパンツのボタンをはずしずりおろすと下着から縮み上がった金子のモノを引っ張り出した。 「おー、見事に縮こまってんな」  そりゃあそうだろうな、と笑い佐伯はそれでも握れる部分を握って 「ここを切っちまえば、もう誰にも悪さできないだろ。どうかな」  片手に握られたものにナイフを当てる様子を見て、金子は涙を流しながら 「わえええうえええーーあおうーわえおー」  くぐもった声が佐伯に訴えかけながら首を横に振る。 「俺もここまでしなくてもいいとは思うんだけどな…」  佐伯の言葉に金子は一瞬安堵の表情を見せてこくこくと頷く。 「でも俺にも『上』てもんがいて、こうでもしないと許してもらえねえんだよ」  コートを加えた口がますます言葉にならない声をあげ、感じたことのない痛みに金子の顔は歪み切った。  佐伯の手の中で半分だけ切り込まれた陰茎が夥しい血を流し、金子は既に失神状態である。  両手を壁に刺し留められ、倒れることも許されずに金子は壁に貼り付けられたまま力無くぶら下がっていた。  佐伯は 「次があったらこんなもんじゃ済まねえからな。最大限の温情をかけてやったんだ。感謝しろ」  そう言ってドアをドンと叩く。  その瞬間エレベーターは動き出し、自動的に一階へと向かった。  金子の傷は、病院へ行くタイミング次第では後々使い物になるかどうかの微妙なところ。  金子は薄れてゆく意識の中で、この世界に入ったときに先輩の坂田から高遠の特攻隊の存在を聞いたことがあった。個人で関わったら大変な事になるから気をつけろと言われた。  ドアが開いて出てゆく2人の背中を見てまさかな…と思いながら意識を手放した。 「お疲れさまっした」  戸叶と佐藤が各々のボスに濡れタオルと乾いたタオルを差し出す。 「あとは任せた」  佐伯はグローブを外し、使い終わったタオルとともに戸叶へ渡し、その言葉に頭を下げた2人を残して佐伯と姫木は目の前に停められた(ハリアー)に乗り込んだ。  前から児島と涌谷が荷物を抱えて走ってきて、 「お疲れ様でした。さっきの公園とこにヴェルファイアあるんで乗り換えてください」  そう言って、マンションへ手助けに向かった。  佐伯はそれにーおうーと応え車を発進させる。姫木は既にスマホを取り出し榊へと連絡をしている。  軽い会話の後すぐに切った姫木に 「なんて?」  と問うと 「終わったかって。殺ったのかってから、やってないないと伝えておいた」  ぶっきらぼうに言って、姫木は黙り込む。  その沈黙は、血を見た後の姫木のいつもの現象。  佐伯は膝の上で握られる姫木の手を見て、少しだけスピードを上げた。  公園脇に停めてあるヴェルファイアの後ろにハリアーをつけ、佐伯は姫木を引き寄せる。 「堪らねえ顔してるよ、お前」  姫木の脳裏には、床に滴る血溜まりが離れない。  黙って見返す姫木の頭を寄せて、佐伯は唇を合わせた。  応急処置のちょっと激しいもの。 「我慢できるか?」  頷く姫木を確認してヴェルファイアへと乗り換えた。 「な…にしてんだ……はやく…来いよ神楽(かぐら)…」  胸の辺りを徘徊する佐伯の舌に焦れて、姫木はその髪を引っ張る。  マンションへ着いた時から、姫木は耐えられなくなっていた。地下の駐車場から部屋へのエレベーターの中まで、佐伯にずっと絡みつき舌を吸いまくり、部屋へ入ってからも、あんな状況だったからと無理やりシャワーを浴びせたが、その間も熱い吐息は治まらない。  そして今 「焦るなよ(ゆずる)…お前のこんなのってたまになんだから、俺にも楽しませろ」  焦らすのは意地悪でもなんでもなく、こんな時にしか姫木のこういう姿は見られないので、佐伯も堪能はしたい。  今まで触れていた『姫木自身』から手を離し、舌で胸を悪戯するだけに切り替える。  佐伯にしがみつく腕は感じていることを雄弁に語り、今日の血を見た姫木の興奮度は久しぶりだからなのかいつもより激しい。  血を見て欲情する姫木の性質は、回を重ねる毎に激しくなっていた。  流された血が姫木の中に溜まって好意を激しくしている様な感覚に佐伯は、もしかしたらいつか姫木の身体から、溜まった物が一気に吐き出される時がくるのではないかと思っている。  そしてこうして少しずつ姫木の“血抜き”をして行くのがいいのか悪いのかは佐伯にも判らなかった。  佐伯は姫木の胸から上へと舌を這わせ、抱きしめる様に肩ぐちに口を当てるとそこに噛みつき血を滲ませる。それを舌で掬って姫木の唇へ運ぶ。 「お前のだよ…これでもっと煽れよ…俺を」  佐伯の舌に舌を絡めて、姫木は血の味を堪能し、自らの口内へと広げてゆく。  姫木が溜まった物を吐き出すとき、一緒に行ってやるのがいいのか…それとも少しずつだがこうやって抜いていって、少しでも長く一緒に過ごすのがいいのかは佐伯には答えを出せない。というか出す必要を感じなくなってきた。  なる様にしかならない。姫木の口癖みたいな言葉が頭をよぎり今は目の前の愛おしい怪物を堪能しようとおもった。  手と舌の愛撫だけで喘ぐ姫木の身体を抱きしめ、その両足の間に身体を入れると自然と足が腰に絡んできた。  そのままゆっくりと身を進め、姫木の中へと入り込んでゆく。  入る速度に合わせ喉が反って行く姫木は、収まり切った時には大きく喉をさらすほどになっていた。その喉元に舌を這わせ、佐伯は姫木を揺らす。  両腕を姫木の脇について揺れを激しくしながら、その変化を楽しんでいる佐伯の腕に姫木の指が絡んでくる。  入り切った後の姫木は、入る前よりも声が密やかで、息を吐くのさえも遠慮がちにまるで佐伯を感じたいかの如く、揺らぎに身を任せている。 「譲…静かだな…」  目を瞑る姫木の上で、佐伯は笑った。 「いいから…そのままつづけろよ…」  細く開けた目さえもが佐伯を煽って、言われなくたってそう簡単には萎えそうもない、と呟き一転激しく姫木を攻め立て始めた。  目の前に置かれた300万をみて、佐伯と姫木は榊の顔を見る。  仕事を終えた次ぐ日の夕方である。 「榊さん、これは…」 「今回の件は俺がお前達に依頼したことだから、これは正当な報酬だろう」  それはそうだが、隠し事をした負い目もあるし何より直の上役にまさかもらうわけにはいかない。 「とんでもないっす。そちらに納めてください俺たちは金のためにやったんじゃないっすから」  札束を押し戻して、勘弁してくださいと頭を下げる。 「まあそう言わずに貰ってやってくれ。実を言えば新浜さんからの分も入ってるんだ」 「え?」  と顔を上げた2人へ、榊は 「先日友哉を連れて面会に行ってきた。新浜さんは怒っちゃあいたけど、でもこうして友哉が無事に世間へ戻れる様にしてくれたお前達にも感謝しててな、自分には金でしか誠意を表せない…といって、俺が口座から預かってきた。だから受け取ってやってくれ」  そう言われてしまうと、押し返すのも却って失礼になる。 「解りました…それなら有り難く頂戴します。越谷にも何かしようと思ってたんで、1束渡せます。ありがとうございました」 「越谷と言えば、すごいイカサマやったそうだな」  あの、全員が手元に注目する中での札替えは見事だったと、友哉などは『マリックだよ』とはしゃいでいたようだ。 「ええ、お陰で本当に助かりましたよ。大学サボって遊んでるだけのことはありますね」  最後の言葉に笑って、榊は一度ちゃんと会ってみたいと佐伯に告げる。  佐伯は話しておきます、と言った後で 「そう言えば、友哉は医者には行ったんですか」  越谷といえば、友哉のMDMAの副作用を心配していたことを思い出したのだ。 「一応簡単な検査を受けて異常はなかったみたいだ。とりあえず人間ドックを受けさせたが、結果はまだでないけど、医者は大方大丈夫だろうと言っていた」  ヤクザが(シャブ)をやろうが一向に構わないのだが、一般の人間が、まして身内がドラッグ中毒になるのは佐伯にはやるせない。常習性がないにしても薬で身体を壊したなんていうのは、社会人としては致命的だ。 「よかったすね。俺もほっとしました。越谷も心配してたんで」  榊は、その言葉に、本当に一度飯でも食おうと言っておいてくれと言って立ち上がった。 「今日はこれから?」 「ああ、一旦事務所に戻って牧島さんを恵比寿に送らなきゃなんだ」 「行ったり来たり大変すね」  ここは目黒だから、一度品川に行って戻ってくるようである。 「あ、それとこれ」  笑って榊はポケットから板チョコを5枚ほど取り出して、姫木へ差し出した。  昨日の1件で今朝からぼんやりしていた姫木は、今の2人の会話も半ば頭に入っていないだろう。血を見る仕事の後は、姫木はアドレナリンを使い切ってしまったかのようにおとなしいのが常で、そういう時にいつも普段食べないチョコレートを食べている、と双龍会の誰かから聞いたと榊は言った。 「あ、すんません」  ちょうど買ってこようかなと考えていたところだったので、有難い。 「こんな細かいところまですみません」  佐伯も笑って礼を言う。 「ところで恵比寿っていうのは、牧島さん囲ってるって聞きましたけど」  下世話に小指を立てて、佐伯はワクワクした目で榊をみた。 「今度俺らにも会わせてくださいって伝えてください」  期待しかない佐伯の言葉に榊は密かにため息をつく。確かに『姐さん』という人間が居なすぎる環境だが、榊にはやはり『姐さんじゃあないんだ』とも伝えられず、ましてや相手が『柳井組の2代目』だなんて言うのは、太陽が西から昇ったって榊の口からは言えない。 「いつか牧島さんが、佐伯と姫木には紹介するとか言ってたから、それまで待ってるといい」  幾分青い顔をしてそう言うと、榊はじゃあ、と帰っていった。  下の者達に、姐さんがいない、と結構淋しそうなことを言われるので、これで一安心。と胸を撫で下ろす。  兎にも角にも、今回の一件は全て方がついた。 「金も入ったし、正月はどこか温泉でも行くか?」  何気に姫木だけに行った言葉を、どこでどう聞いてどう勘違いしたのか、周りにいた戸叶や佐藤、その他の組員達が 「ほんとーっすか⁉︎」  と寄って来る。 「いやー嬉しいなあ。すんません、有り難く連れていっていただきます」 「俺温泉なんて何年振りだろう」 「やっぱ箱根っすか?俺今から宿とか調べて予約します」 「彼女も連れてっていいすか」  周りでここまで騒がれてはもうお手上げである。  今回の金は新浜の好意でもあることだし、友哉のことは組員も心配も協力もしてくれた。 「んじゃ、豪勢に行くか!」  佐伯の声に皆大喜び。  その喜びの傍で、姫木が佐伯の腕を引く。 「越谷さんにあげる分はとっておいてやれよ」  佐伯はー大丈夫、先に100渡しとくからーと言って、再びみなと浮かれポンチ。 「あ、龍一も旅行に誘ってやろうかな。人数多いほうが楽しいだろ」  浮かれた気分でそう言う佐伯に、 『越谷さんがヤクザと一緒に温泉行くのを嫌がらなければの話だけどな』  と、周囲の盛り上がりを他所に、榊に貰ったチョコレートを一つ開けて齧り付く。  行き先は、なし崩しに箱根。  少しはのんびりしたい年末年始だった。

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