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1-3.因習村の変わった儀式

 老人が多いからだろうか、本堂はバリアフリー化されていた。  至るところにスロープや手すりが設置され、段差もカバーされている。  これだけの工事を行えば、結構な金額が掛かるはずだが……それなりに檀家が多いのかもしれない。 「和尚、お客さん!」 「こら、開ける前に一声かけなさい!」  幸人がスパーンと勢いよく襖を開け放てば、何やら書類と睨めっこをしていた和尚が顔を上げた。  歳の頃は五十代ほどと、まだ若い。  和尚が眉をつり上げて幸人を見やった後、後ろに立つ龍之介の存在に気づいて、訝しむような視線を向ける。 「そちらの方は?」 「龍蔵さんのお孫さんで、龍之介さんだって!」 「何?」  和尚が立ち上がると、つかつかと龍之介の前まで歩いて来た。  どうもと会釈すれば、つま先から頭のてっぺんまで無遠慮な視線を送られる。 「失礼ですが、何か身分を証明出来る物は?」 「運転免許証で構いませんか?」  ジャケットの内側から財布を取り出して、免許証を出した。  それを手渡せば、和尚は入念に龍之介と免許証を見比べ、難しい顔をしながら返す。 「確かに……。応接室で話しましょう。幸人、お前は部屋に戻っていなさい」 「えぇー。俺、当事者っすよ?」 「それでもだ。それと、恵美にお茶を用意してほしいと伝えてくれ」 「はぁい」  拗ねたように口を尖らせて、幸人が踵を返す。  一瞬目があったが、特に何を言うでもなく部屋を出て行った。  その後ろ姿を見送って、和尚がため息をつく。 「こちらへどうぞ」  和尚に案内された先は、畳の上にソファと机の置かれた部屋だった。  アンバランスな印象を受ける部屋の床の間で、掛け軸と生け花が、静かに佇んでいる。  勧められたソファに腰を下ろせば、向かい側に和尚が座った。 「この村には何故来たのですか? まさか、朱鷺子さんから何か連絡が?」 「いや、特にそういう話は聞いていませんが……。こちらで少々、問題が起こりまして」  龍之介がここに来た経緯を説明する。  姪の事件、朱鷺子を頼りに来たこと、幸人に協力を仰ぎたいこと。  途中、中年女性がそそくさと薄緑色の茶が入ったくみ出し茶碗を置いて出て行く。  龍之介が話し終えれば、全てを黙って聞いていた和尚が、深くため息をついた。 「これも朱鷺子さんの思し召しか……」  小さく呟いてから、和尚が真っ直ぐに龍之介を見る。 「幸人を連れて行きたいとのことですが……。それはこちらとしても願ったり叶ったりです。あの子は早くこの村を出るべきだ」  眉間に皺を寄せ、厳しい口調で和尚が言った。  その言葉に違和感を覚える。  一緒に暮らしているのだから、彼が幸人の親かと思ったのだが……。  早く村を出ろとは、どういうことだろうか?

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