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「手を握って、目を瞑ってください」  言われた通りに手を重ねれば、幸人の手のひらがヒヤリと冷たいことに気づく。 「お前、手冷たいな」 「冷え性なんです。龍之介さんの手はあったかいですね」  にぎにぎと何かを確かめるように握り返して、幸人が小さく頷く。  その神妙な面持ちを眺めていたら、不思議そうな視線が龍之介に向いた。 「なんですか?」 「いや、なんか分かるのかと思って」 「このくらいなら接続出来そうだなぁって思ってるだけです。ほら、早く目瞑ってくださいよー」  催促されて、龍之介は大人しく目を閉じた。 「俺の手に意識を集中させてください」  言われた通りにする。  自分と違って小さく、ゴツゴツしていない手。  冷たかった手のひらは、龍之介の体温が移って、徐々に温まってきていた。 「それじゃ、始めます。」  小さく息を吸う音がして、手の甲に幸人が触れる。 「奇一(きいつ)奇一(きいつ)、たちまち_ 運化(うんか)を結ぶ
。宇内(うだい)八方(はっぽう)五方(ごほう)長男(ちょうなん)たちまち九籤(きゅうせん)を貫き
玄都(げんと)達し、 太一眞君(たいいつしんくん)に感ず」  幸人が歌うように呪文のようなものを唱え始める。  それと同時に、握った手を通じて何かが流れ込むような感覚があった。 「
奇一奇一、たちまち感通。如律令(にょりつりょう)。……終わりましたよ。」  幸人の手が離れて、龍之介はゆっくりと目を開ける。  生まれて初めて幽霊というものを見るのだ、多少の緊張はあった。  数年前に敵対組織に襲撃されて死んだ兄貴分や、組の金を横領し、土に還った元部下の顔を思い出す。  彼らが何か言いたげに立っていたり、怨めしい顔でこちらを見ている、なんてことがあるのだろうか? 「……ん?」  車両内をぐるりと見渡すが、そこに想像していたようなものはない。  知り合いも、半透明の足がない人間も、血みどろの死人も、何もない。 「おい、本当に見えるようになってんのか?」 「なってますよ。ただ、ここにおばけがいないだけで」 「……お前、嘘ついてねぇだろうな?」 「俺のこと疑うんすか?」 「当たり前だろ。見えるようになるっつっといて、ここにはいませんでしたーなんて、納得出来るか?」  呆れたようにため息をつく龍之介を見て、幸人が「それはそうですけど……」と視線を逸らす。  少し考える素振りをして、龍之介を見た。 「龍之介さんって、デッカい虫は大丈夫です?」 「デカいって、どのくらい?」 「このくらい」  幸人が両手で円を描く。  大体バスケットボールくらいの大きさの虫らしい。 「そんだけデカけりゃ多少ビビるな」 「じゃあビビってください。千福(せんぷく)万福(まんぷく)」  にっこり笑って、幸人が虚空に呼びかける。  すると、何もない空間から溶け出すようにして、二匹の蟲が姿を現した。

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