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 ゆっくりと動き出した車に揺られて、幸人はおずおずと口を開く。 「えっと……龍之介さんのお友達の方ですか?」 「友達っつーか部下だな」 「原田です」  車を運転する原田が淡々と名乗る。  その視線は真っ直ぐに前を見ていて、バックミラー越しに幸人たちの様子を伺うこともしない。  派手な髪色とタトゥーやピアスを見るに、龍之介の職場はかなり自由なところなのだろうか? と幸人は思う。 「俺は榊幸人です、よろしくお願いします」 「……はい」  夕焼けに染まる街は、背の高いビルとたくさんの車で彩られている。  歩道を歩く人々も、村とは違って溌剌としている気がした。  こちらは年齢層の違いも大きいだろうが……。  幸人からしてみれば、若い人がたくさん歩いている、ということが新鮮なのだ。 「うわぁ……」  幸人が窓に両手をついて、感嘆の声を漏らす。  好きな服を着て、気の合う仲間と笑い合う人たち。  一日中働いて、食べたいものを食べる。  やりたいことをやって、自分の意思で選んで生きる。  それは、全てを周りの人間に決められて生きてきた幸人には、許されることのなかった生き方だ。 「俺も、あの人たちみたいになれますかね?」 「当たり前だろ。……ただ、一人で出歩くのはやめとけよ?」 「えー、なんでですか?」 「村の連中が追いかけて来ないとは限らねぇだろ。それに、迷子になったらどうするつもりだ?」 「確かに……」  地理もなければ住所も分からないのだ。  このコンクリートジャングルで一度迷ってしまえば、龍之介に連絡を取ることも出来ずに彷徨うはめになるかもしれない。 「外出する時は、必ず俺と一緒か原田を連れて行くこと。約束出来るな?」 「はぁい」  幸人は落胆を隠すこともなく返事をした。  しかし、龍之介の言うことはもっともだ。  生贄肯定派の人々が、逃げ出したからといって簡単に幸人を手放すとは思えないのだ。 (婆ちゃんだって、結局村に戻って来たんだって言ってたし)  朱鷺子は若い頃、単身都会に上京して、霊能力者として"ブイブイ"言わせていたらしい。  ブイブイ、という言葉は幸人にはよく分からなかったが、とにかく朱鷺子も今の幸人と同じように、この街にやって来ていたのだ。  しかし、結局は村に戻って、供犠という役目を継いでいる。 (もっといろいろ聞いておけばよかったな……)  朱鷺子は、幼い幸人にも厳しく接する人だった。  家族というよりも、師匠という表現の方がしっくりくる。  霊能力者として生きる方法はきっちり叩き込まれたが、家族の団らんとは無縁だった。 (途中で帰ることになっても、仕事だけはしっかり終わらせよう)  龍之介は幸人にとって恩人だ。  仕事の相談をしに来ただけなのに、突然押し付けられた子どもを、嫌な顔一つせず連れ出してくれた。  それだけ行方不明の女の子が大切なのだろうが……龍之介は幸人に理解を示し、美味しいものも食べさせてくれる。  なら、その優しさには報いなければならない。 「龍之介さん。俺、頑張りますから!」 「ん? まぁ、ほどほどにな」  突然の頑張る宣言に一瞬首を傾げた龍之介だったが、すぐに張り切る幸人の頭をポンポン叩いた。

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