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1-9.夜景の見える部屋

 しばらくして、車は背の高いマンションの駐車場で動きを停めた。 「ご苦労さん、今日は帰っていいぞ」  車から降りた龍之介が札を差し出せば、原田は頭を下げてそれを受け取る。 「ありがとうございます」 「その袋も持ってけ。うちじゃ食いきれねぇから」  龍蔵から持たされたお菓子の山の三分の二を原田に押し付けると、続いて出て来た幸人が不満げに口を尖らせた。 「俺、全部食べられますよ?」 「ダメだ。ケーキは残してやったんだから、それで我慢しろ」  ぷぅ、と頬を膨らませた幸人が、ケーキの箱を大切そうに抱える。  そして、原田に未練がましい目を向けた。 「美味しく食べてあげてくださいね」 「……っす」 「なんなら、感想聞かせてくれてもいいっすよ」 「ほら、行くぞ。原田が困ってんだろうが」  放っておけばいつまでも原田に絡んでいそうな幸人の腕を掴んで、エレベーターへと向かう。  壁に着いた小さなモニターに、龍之介が顔を映すと、すぐに扉が開いた。  興味津々に乗り込んで、幸人が首を傾げる。 「ボタンが上と下しかないんですけど……」 「専用エレベーターだからな、他の階には止まらねぇんだ」  押すか? と尋ねれば、幸人が上に向かうボタンを押す。  そうすれば、扉が閉まってすぐに独特の浮遊感に包まれる。 「なんで龍之介さんの家だけ専用エレベーターがあるんすか?」 「ま、セキュリティってやつだな。他人が許可なく入って来れねぇようになってんだよ」  幸人がへぇー、と感心したような声を上げた。  ヤクザという仕事は、やっぱり危険な目にあいやすいのだろうと考えて、一人で納得する。  ポーンという無機質な音が、目的の階に到着したことを告げて、扉が開いた。  その瞬間、目の前に広がったのは廊下やエントランスではなく、玄関だ。 「えっ」  見慣れない構造に面食らって、幸人が小さく声を上げる。  汚れひとつない白の大理石が敷き詰められた床に、靴専用のウォークインクローゼット。  十分に寛げそうなほど広い玄関には、高そうな絵画が飾ってあった。 「また口開いてんぞ」  ニヤリと龍之介に笑われて、幸人は慌てて口を閉じる。  廊下を進む龍之介の後について歩けば、次に目に入ったのは四十畳はありそうなリビングだ。 「な、何これ……俺んちより広いんじゃ……」  高い天井に、全面ガラス張りで夜景が一望出来る窓。  毛足の長いふわふわのラグに、小洒落た家具。  大きなテレビにスピーカー。  マンションの一室なのにどうやら二階があるようで、隅には螺旋階段が鎮座している。 「ま、好きに寛いでくれ」  幸人の手からケーキの箱をひょいと取り上げて、龍之介がダイニングキッチンへと向かった。

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