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(あいつは辛いもん苦手そうだよな……)  甘いものを好んで食べる姿を思い出して、ペペロンチーノは却下する。  ここは無難にオイル系にしておくべきか? なんて考えながら、サラダ用にレタスを小さく千切って水にさらした。  材料的にカルボナーラも作ることが出来るが、カナッペにチーズを使ったから、今回は見送ることにする。 (トマトのパスタにしとくか)  小鍋に水を入れて火にかけると、トマトのヘタを包丁でくり抜いた。  くるりとひっくり返したトマトのお尻に浅く十字の切れ込みを入れると、最後に氷水を用意する。  ぐつぐつと沸騰した小鍋の中に、網じゃくしに乗せたトマトを入れると、ものの数秒で皮がめくれ始める。  それを氷水の中に浸けてから、つるりと皮を取り除いた。 (それにしても、今日一日でいろいろあったな……)  トントントンと、トマトを刻む小気味いい音が響く。  朝から榊朱鷺子を探しに辺境の村まで赴き、そこで生贄にされそうな少年を保護することになり、生まれて初めて幽霊というものを見た。  普通に生きていれば全く関わることのない、別世界に足を踏み入れてしまった気分である。  だが、戸惑いはしても、存外すぐに受け入れられてしまった。 (きっと、あいつのおかげだな)  生贄という異質な境遇を感じさせないほどに、幸人は素直で明るく、愛らしい。  自分に向けられる打算も裏表もない、真っ直ぐな眼差しを、龍之介はいつの間にか好ましいと感じていた。 『だって、龍之介さんは俺に優しくしてくれたでしょ? だから、怖くないです』  そう言って笑った幸人を思い出して、口元が緩む。  肩書きで判断されなかったというだけで、こんなにも嬉しく思ってしまうなんて、自分でも意外だった。  切った野菜をサラダ用とパスタ用に分けて、大鍋にたっぷりの水を張り、塩を入れて火にかける。  湯が沸くまでの間に、フライパンにオリーブオイルを垂らし、包丁の腹で潰したニンニクを入れた。  しばらくすると食欲を誘う香りがキッチンに広がり、龍之介はオリーブオイルの中で踊るニンニクを取り出した。 「わぁ、なんかいい匂いがする!」 「なんだ、もう出たのか」  風呂上がりの幸人が興味津々に近づいて、フライパンを覗き込む。  数着の服しか持っていなかった幸人に自分の寝巻きを貸したのだが、当然サイズは合っていない。  袖の部分は何度か折ってようやく両手が見えているし、ずり落ちそうな襟口からは鎖骨が見えている。 「やっぱ無理があったな……」 「ズボンは諦めました」  クスクス笑って、幸人がくるりと回って見せた。  一瞬、寝巻きの裾から覗く白い脚に目が行くが、慌てて目線を逸らす。 「お前、ちゃんと髪乾かせよ。毛先のほうがまだ湿ってるぞ」  その髪が薄っすらと湿っていることに気づいて、龍之介が触れた。 「大丈夫っすよ、このくらい放っとけば乾きますし。それより何作ってるんですか?」 「有り合わせのパスタ」  一旦火を止めて、龍之介が洗面所からドライヤーを持って来る。  それをダイニングテーブルに置くと、次は瓶にいくつかの調味料と卵黄を入れて、しっかりと蓋をした。

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