33 / 46

「えっと、龍之介さんもやってみます?」  その様子を見ていた幸人が、龍之介の顔色を窺うように言う。 「んなもん必要ねぇよ。自分の不幸をお前に押し付けてまで、幸せになんかなりたくねぇからな」 「なんでですか?」 「なんでって……」 「だって、みんなは喜んでました。病気も怪我もほとんどしなくなるから、ありがたいって」  瑠璃色の瞳が、真っ直ぐに龍之介を見ている。  幸人の表情からするに、本気で龍之介の言った意味が分からないのだろう。 「お前、言ってたろ。痛いのも苦しいのも嫌だって。わざわざ変なもん食って、腹壊す必要なんかねぇんだよ」 「でも、それが俺の役目で……」 「ここは村じゃねぇんだ。供犠なんて役目は忘れちまえ」  食事を再開した龍之介をしばらく見つめていた幸人が、考えこむように下を向く。  幸人にとって、供犠であることはアイデンティティであり、物心ついた時から、かくあれかしと望まれて生きてきたのだ。  忘れろと言われても、忘れ方が分からない。 「……どうしたら、忘れられるでしょうか」 「とりあえず、今は飯食え。腹いっぱいに美味いもん食って、これからやりたいことでも考えてりゃ忘れられるさ」  ぽつりと呟いた幸人に、楽観的に言って龍之介が笑った。 「お前、明日から忙しいぞ? 仕事用の服も買いに行かなきゃなんねぇし、兄貴に聞き込みもしなきゃいけねぇからな」 「え? 服ならありますけど」 「いいか? 第一印象ってのは見た目で決まるんだ。安っぽい服着たガキが霊能力者ですっつって、誰が信じる?」  容赦ない言葉の矢が突き刺さり、幸人が小さく呻く。  確かに、隣町で適当に見繕って来てもらったシャツやパーカーでは、格好がつかない。  霊能力者というのは、ただでさえ信用を得にくい仕事だ。  身なりをきちんとした方がいいという、龍之介の言葉にも一理ある。 「で、でも俺、あんまりお金ないですし……」  一応、朱鷺子が残してくれた金はあるのだが、額は大きくない。  今後のことを考えると、いざという時のために出来るだけ使いたくない、というのが幸人の本音だ。 「必要経費だ、こっちで出すから問題ない」 「そんな、悪いですよ!」 「チャンスと金づるは逃すな、だろ? 報酬の一部だと思って受け取ればいいんだ」  朱鷺子の言葉を引用されて、幸人が言葉を飲み込む。  少しの沈黙の後、観念したように頷いた。 「分かりました、貰っておきます」  その返答を聞いて、龍之介が嬉しそうに笑った。

ともだちにシェアしよう!