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◇
「どうする? 嫌なら俺がソファで寝るが」
「いえ。龍之介さんがいいなら、それでいいです」
同じベッドで寝ることに抵抗はないため、幸人はすんなりとその条件を受け入れた。
シーツとシーツの間に体を滑り込ませると、ヒヤリと冷たい。
だが、全身を包み込む滑らかな感触が心地いい。
頭を乗せた枕はふんわりと柔らかく、微かに花のような香りがした。
「なんか、王様になった気分です」
冗談めかして笑い、幸人が同じように横になった龍之介の方へと寝返りをうつ。
「この枕、なんかいい匂いがするんですけど……」
「ラベンダーだ。眠りが浅いから、気休めに使ってんだよ」
「龍之介さん、寝れないんですか?」
「まぁな。お前、熟睡出来る呪文とか知らねぇか?」
龍之介の問いに、幸人がうーんと首を捻る。
「気絶させる術なら知ってますけど……。それじゃあ寝たって言いませんよね?」
「そうだな。……照明落とすぞ」
睡眠と気絶は似ているようで違う。
部屋の電気が常夜灯に切り替わり、ぼんやりとした灯りが部屋を照らす。
「ていうか、こんなに広いベッドで一人だから寝られないんじゃないですか?」
「それはねぇな。実家にいた頃から同じだった」
龍之介には、なんとなく不眠の原因が分かっていた。
深夜に中途覚醒を何度も繰り返すのは、幼少期の体験が棘になり、胸に突き刺さっているからだろう。
小さく息をついた龍之介を見て、何かを思いついた幸人が悪戯っぽく笑う。
そしてコロコロと龍之介に寄り、ぴとりと肩にくっついた。
「どうした?」
「他人の体温って、安心しません?」
隙間なく寄り添う幸人に、乱れたシーツをかけ直してやる。
「あんまり意識したことねぇな」
龍之介はバイだ。
女や男を抱いて、朝まで同じベッドで共に過ごしたことももちろんある。
だが、添い寝という行為に安らぎを感じたかと問われると、疑問が残る。
「じゃあ、試してみませんか? 今日のお礼に、俺のこと抱き枕にしてもいいっすよ!」
幸人は無邪気に笑っている。
今日会ったばかりの他人にそんなことを言われても、普段なら丁重にお断りするだろう。
しかし、目の前の少年に対しては、何故だか嫌悪感が湧かない。
その容姿のせいか、それとも裏表のない態度のせいか……。
とにかく、何をしても微笑ましく思えてしまうのだ。
「もしかして、一人じゃ寝られないのか?」
意地悪く口端をつり上げた龍之介に、幸人が眉根を寄せる。
「違いますー! 寝れないのは龍之介さんでしょ?」
「はいはい、仕方ないからそういうことにしといてやるよ」
龍之介が薄い背中に腕を回して、あやすようにトントンと叩いてやる。
そうすれば、幸人が不機嫌そうに口を尖らせた。
「子ども扱いしないでください! 龍之介さんが困ってそうだから、一緒に寝てあげようと思ったのに……もう知りませんから!」
龍之介から離れようと寝返りをうつ幸人を、逃がさないようにガッチリと捕まえる。
なんとか離れようとする幸人だが、太い腕で抱きすくめられてしまえば、身動きが取れなくなった。
「お礼なんだろ? 大人しくしてろよ」
腕の中にすっぽりと収まってしまうサイズ感が、案外抱き枕としてちょうどいい。
じわじわと染み込むような、柔らかな温もりも心地よくて、本当にこのまま眠れるのではないか? という気持ちになってくる。
「素直に一緒に寝てほしいって言えばいいのに」
抵抗を諦めたのか、大人しくなった幸人が呟く。
そのぼやくような声音から、また不満げな表情をしているんだろうなと想像がついて、龍之介が笑った。
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