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1-10. 浮世は衣装七分

 目覚めた時、まず視界に入ったのはカーテンの隙間から差し込む光だった。  しばしそれをぼんやりと眺めてから、何が起こったのかを把握して、ベッドサイドのスマートフォンに手を伸ばす。  時刻を確認すれば、目覚ましが鳴る三十分ほど前だった。  記憶を辿るが、夜中に目が覚めた覚えも、夢を見た覚えもない。  要するに、朝まで熟睡出来たのだ。 「……マジか」  龍之介が小さく呟く。  これほどぐっすりと眠ったのは何年ぶりだろう?  幸人の言った通り、腕の中の体温に安心したのか、それとも抱き枕がちょうどよかったのか、はたまた両方か……。  なんにせよ、龍之介の不眠には絶大の効果があったらしい。 (コイツ、癒しのイオンでも出てんのか?)  普通にしていても実年齢より年下に見えるのに、その寝顔は輪をかけて幼い。  龍之介はすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てる幸人の頬を、優しく摘む。 「うぅ……」  特に何をするわけでもなく、ふにふにと柔らかな感触を楽しんでいると、小さくうめいた幸人が眉根を寄せた。  そして、龍之介の胸元に額を押し付け、甘えるようにすり寄る。 (……まるっきり赤ん坊だな)  そんなことを考えながら後ろ頭を撫でてやれば、幸人の穏やかな寝息が聞こえてきた。  警戒心の欠けらもないその姿を見ていると、なぜだか少し不安になる。  もしも龍之介ではなく、悪いことを考える人間の手に渡っていたら……。  疑うことを知らない幸人は、簡単に搾取されていたに違いない。 (聞く限り、村でもいいように使われてたみたいだしなぁ)  供儀の役割だと幸人は言っていたが、厄払いの話は異常だと龍之介は感じていた。  たった一人の子どもに不幸や病気を背負わせて、自分たちは幸せになろうなんて、あまりにも醜悪だ。  それが生贄というものなのかもしれないが……。  龍之介は例え儀式や風習であっても、その行為を許容したくはなかった。 (いろいろと、教えることが多そうだ)  この街にいる限り、幸人はもう供儀ではない。  奇妙な役割をこなす必要もなければ、他人のために犠牲になる必要もないのだ。 (なんにせよ、まずは食事だな。もう少し太らせねぇと)  腕の中の幸人は、少し力を入れれば折れてしまいそうなほど細い。  いつから食事制限をされていたのか分からないが、明らかに痩せていた。  幸い、本人は食に興味津々なため、用意さえしてやれば喜んで食べるだろう。 (夜は肉でも焼いてやるとして……。問題は朝と昼だな)  朝食にフレンチトーストでも作ってやったら喜ぶだろうか?  昼は幸人の食べたいものを食べさせてやろう。  あれやこれやと一日の計画を立てながら、龍之介はもう少しだけ、穏やかな寝息を聞いていることにしたのだった。

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