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「ご来店ありがとうございます、郡司さま。本日はどのような商品をお探しでしょうか?」 「こいつに数着見繕ってもらいたい。それと、仕立ても頼む」 「かしこまりました。では、こちらでヒアリングを行わせていただきます」  老齢の店員が、二人を奥へと案内する。  朝食を終えて龍之介に連れて来られた店は、高級感のあるテーラーだった。  高そうなシャツやジャケットが並ぶ店内を、幸人は緊張した面持ちでオドオドと見回す。 「あの、ここすっごく高そうなんすけど……」 「言ったろ、経費だから気にすんな」  龍之介は慣れているようで、幸人を安心させるように微笑む。  案内された個室内は広く、アンティーク調の家具で纏められている。  壁には全身が映る大きな鏡がかけられ、さまざまな生地やスーツを着たマネキンが、几帳面に並んでいた。 「ご希望のモデルや生地はありますか?」 「そうだな……」  椅子に座った龍之介と店員が、何やら会話をしている。  聞き慣れないカタカナに耳を傾けつつ、居心地悪そうにしている幸人に、メジャーを持ったもう一人の店員が声をかけた。 「失礼致します、採寸をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」 「あ、はい。よろしくお願いします……」  促されるままに鏡の前に立てば、首周りや着丈など、全身余す所なくメジャーで測られる。  その度に店員が書類に数字を記載する様子を、幸人は興味深く見ていた。 「お疲れ様でした。しばしお待ちいただきたいのですが、その間にお飲み物はいかがですか?」 「じゃあお願いします」 「それでは、本日のドリンクについてご説明しますね。まずはコーヒーなのですが、使用している豆はエチオピア、焙煎は中煎り前半です。青リンゴや蜂蜜を思わせる風味とシロッピーな口当たりが特徴となっており……」  店員がペラペラとコーヒーについて語り出すが、幸人にはその言葉の意味をよく理解出来ない。  コーヒーなんてインスタントか缶コーヒーしか飲んだことがないうえ、苦いものは苦手だ。  青リンゴ? 蜂蜜? コーヒーはコーヒーではないのだろうか? 「本日の紅茶はダージリンのファーストフラッシュを使用しています。いわゆる春摘みの茶葉でして、グリニッシュな香りに爽やかな飲み口が……」 「あの、紅茶でお願いします……」  聞いているうちに疲れて来て、とりあえず紅茶を頼むことにする。  店員が「かしこまりました」と頭を下げて去っていったのを見送って、龍之介の隣へと腰掛けた。 「あ、クッキーだ」  机の上に置かれた小さな菓子皿には、数枚のクッキーが並んでおり、赤と緑のドレンチェリーが光を受けてツヤツヤと輝いている。 「食ってもいいぞ」  龍之介が自分の前にあった菓子皿を、幸人の前に移動させた。 「おう。お前が幸せそうな顔して食ってるとこを見るだけで満足だ」  そう言って、ブラックコーヒーを飲む龍之介にお礼を言って、幸人は菓子皿を受け取った。 「……俺、そんな顔して食べてます?」 「なんだ、気づいてなかったのか?」  確かに、幸人は食べることが好きだ。  美味しいものはもちろん、今まで食べたことのないものに挑戦するのもワクワクする。  だが、自分がどんな表情でものを食べているのか改めて人から指摘されると、少しばかり気恥ずかしい。  店員が湯気のたつティーカップと菓子皿を幸人の前に置いた。  すると、気恥ずかしさを誤魔化すように幸人がティーカップをぐいっと煽り、紅茶の温度に身を震わせる。 「あっつ!」 「何やってんだ、大丈夫か?」 「うぅ、ヒリヒリする……」 「見せてみろ」  涙目の幸人の顎を持ち上げて、龍之介が覗き込む。  べ、と出された舌は火傷で赤くなっているが、水ぶくれは見当たらない。 「……ったく、気をつけろよ。水貰ってやるから冷やしとけ」 「はぁい」  ぽんと頭を撫でられて、幸人がしゅんと返事をした。

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