38 / 78
◇
その後、店員が様々な衣服を手に戻って来た。
ハンガーラックに掛かった様々なジャケットやシャツ、スラックス。
ネクタイ、カフスボタンなどの装飾品も卓上に並ぶ。
「着てみたい服はあるか?」
「えっと……」
龍之介に問われて、幸人が視線を彷徨わせる。
目の前の衣服たちがスーツだということは分かるが、正直に言ってしまえば、詳しい違いは分からなかった。
このジャケットは黒で、こちらはグレー。程度の見分けしかつかない。
「じゃあ、これにします」
適当に目についたジャケットを指差せば、店員がすぐに上下を揃えて渡してくれる。
あれよあれよという間に試着室に押し込まれ、数分ほどすると、カッチリとスーツを身に纏った幸人が姿を現した。
「ど、どうでしょうか?」
ロボットのようにぎこちない動きで自分を見下ろす幸人に、龍之介が近寄る。
やはり既製品では微妙にサイズが大きい。
新卒社会人というよりも、七五三感が漂っているのはそのせいだろう。
「悪くはねぇが……」
言いながら、龍之介が幸人の後ろ髪を束ねてみたり、前髪をくしゃりとかき上げる。
オールバックにすると、精一杯背伸びをしている感が出て初々しい。
だが、これから対峙する男は、その初々しさを微笑ましく思ってくれるような人物ではない。
「少し堅いか。いいとこの坊ちゃんの私服って感じにした方がいいかもな」
「俺もそう思います。なんか窮屈で……」
幸人が襟の詰まりを気にするように、指先で首元を触る。
「時間はまだあるんだ、いろいろと試してみようぜ」
情けなく眉尻を下げる幸人の頭を撫でてから、龍之介が新しい服に手を伸ばした。
そこからは、まるでファッションショーのようだった。
様々な生地で出来たシャツや、丈の長さが違うズボンに着替え、ベストやサスペンダーを代わる代わる身につける。
ソフトハットを被ってもみたが、これはイメージに合わないとすぐに却下された。
「あの、これってなんですか?」
「ソックスガーター。靴下がずり落ちないようにするためのもんだ」
「そんなのあるんすね! 俺、小さい頃に糊みたいなの使ってましたよ」
足に塗って靴下を貼り付ける、スティックのりに似た便利アイテムが頭に思い浮かぶ。
興味津々にソックスガーターを眺めていた幸人が、クリップをぱくぱくと動かした。
「龍之介さん、手貸してください」
言われるままに手を差し出せば、指先をかぷりとクリップで挟まれる。
「ふふ、ワニー」
「ったく、遊んでんじゃねぇぞ?」
いたずらっ子のように笑う幸人が可愛くて、思わずわしゃわしゃと頭を撫でてやる。
どうやら自分は、幸人の一挙手一投足でさえも愛らしいと感じてしまうようだ。
認めたくはないが、自分の好みは龍蔵譲りかもしれないな、と龍之介は頭の片隅で思う。
ともだちにシェアしよう!