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 その後、店員が様々な衣服を手に戻って来た。  ハンガーラックに掛かった様々なジャケットやシャツ、スラックス。  ネクタイ、カフスボタンなどの装飾品も卓上に並ぶ。 「着てみたい服はあるか?」 「えっと……」  龍之介に問われて、幸人が視線を彷徨わせる。  目の前の衣服たちがスーツだということは分かるが、正直に言ってしまえば、詳しい違いは分からなかった。  このジャケットは黒で、こちらはグレー。程度の見分けしかつかない。 「じゃあ、これにします」  適当に目についたジャケットを指差せば、店員がすぐに上下を揃えて渡してくれる。  あれよあれよという間に試着室に押し込まれ、数分ほどすると、カッチリとスーツを身に纏った幸人が姿を現した。 「ど、どうでしょうか?」  ロボットのようにぎこちない動きで自分を見下ろす幸人に、龍之介が近寄る。  やはり既製品では微妙にサイズが大きい。  新卒社会人というよりも、七五三感が漂っているのはそのせいだろう。 「悪くはねぇが……」  言いながら、龍之介が幸人の後ろ髪を束ねてみたり、前髪をくしゃりとかき上げる。  オールバックにすると、精一杯背伸びをしている感が出て初々しい。  だが、これから対峙する男は、その初々しさを微笑ましく思ってくれるような人物ではない。 「少し堅いか。いいとこの坊ちゃんの私服って感じにした方がいいかもな」 「俺もそう思います。なんか窮屈で……」  幸人が襟の詰まりを気にするように、指先で首元を触る。 「時間はまだあるんだ、いろいろと試してみようぜ」  情けなく眉尻を下げる幸人の頭を撫でてから、龍之介が新しい服に手を伸ばした。  そこからは、まるでファッションショーのようだった。  様々な生地で出来たシャツや、丈の長さが違うズボンに着替え、ベストやサスペンダーを代わる代わる身につける。  ソフトハットを被ってもみたが、これはイメージに合わないとすぐに却下された。 「あの、これってなんですか?」 「ソックスガーター。靴下がずり落ちないようにするためのもんだ」 「そんなのあるんすね! 俺、小さい頃に糊みたいなの使ってましたよ」  足に塗って靴下を貼り付ける、スティックのりに似た便利アイテムが頭に思い浮かぶ。  興味津々にソックスガーターを眺めていた幸人が、クリップをぱくぱくと動かした。 「龍之介さん、手貸してください」  言われるままに手を差し出せば、指先をかぷりとクリップで挟まれる。 「ふふ、ワニー」 「ったく、遊んでんじゃねぇぞ?」  いたずらっ子のように笑う幸人が可愛くて、思わずわしゃわしゃと頭を撫でてやる。  どうやら自分は、幸人の一挙手一投足でさえも愛らしいと感じてしまうようだ。  認めたくはないが、自分の好みは龍蔵譲りかもしれないな、と龍之介は頭の片隅で思う。

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