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幸人がポール時計に向かって深々と頭を下げ、一拍遅れて龍之介もそれに倣う。
「そう畏まらないでください。あなた様方のようにお話しの出来る方が訪れるのを、私はずっと待っていたのですから」
優しい声音が聞こえて、空気から溶け出すようにして女が現れた。
癖のない銀の長髪に、おっとりとした印象を与える星色の瞳。
上品な着物を見に纏ったその女は、人形のように整った笑みを浮かべる。
その表情を見て、何故だか龍之介の頭の片隅で警鐘が鳴った。
警戒しろ、この女に気を許すなと本能が訴えかけてくる。
いつ何が起きても幸人を庇えるように、龍之介は気を張り巡らせる。
「突然お呼び立てして申し訳ありません」
「いえ。むしろこのように美しい殿方をお二人も拝見出来るなんて……眼福に預かりましたわ」
口元を袖で隠すようにして、女がうふふと笑う。
その視線は幸人と龍之介を品定めでもするように、上から下までジロジロと注がれていた。
不躾な視線に居心地の悪さを感じていると、ふと女と龍之介の目が合う。
すると、女は三日月のように瞳を細めて、こてんと小首を傾げる。
(コイツが何考えてんのか、全く分からねぇ)
今のところ、態度自体は友好的であると感じる。
すぐに攻撃をされることはないだろう。
しかし、その瞳の奥が読めないのだ。
笑顔の裏で何を考えているのか、皆目見当もつかない。
(これが付喪神って奴か……)
付喪神。
それは長い年月使われ続けた道具に霊が宿り、神に転じたもの。
目の前の女は人の形をしているが、今まで出会った幽霊たちとは、また違った存在なのだと龍之介は悟った。
幽霊たちは、話していてもどこか人間らしさを持っている。
感情や仕草、表情や思考回路は、生きている人間とあまり変わらない。
悲しければ泣くし楽しければ笑う。
困っている人間がいれば、手を差し伸べてくれるものもいる。
しかし、目の前の女は違う。
「まぁ。あなた、とってもいい匂いがするわ」
「え、そうですか?」
「爽やかで甘い香り……嗚呼、美味しそう」
不思議そうに自身の匂いを確認する幸人を見ながら、女が吐息混じりに呟く。
うっとりと瞳を細めた女を見て、龍之介が幸人の腕を引いた。
そのままヒソヒソと顔を寄せて話しかける。
「おい、大丈夫なのか?」
「話をするくらいなら平気っすよ。……多分」
「多分ってお前なぁ」
「だって、ちょっとくらい危なくても仕方ないでしょ? 結奈ちゃんのためなんだから」
結奈の名前を出されてしまうと、龍之介は黙るしかなくなる。
先ほどの口ぶりからして、女が何かを知っているのは確実だろう。
何せ、この公園の中に立つポール時計の付喪神なのだ。
目の前で一部始終を見ていた可能性が高い。
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