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「アンタはこの公園内で、女の子が誘拐された事件を知ってるか?」 「もちろんですわ。アレは私の目の前で起きた事件ですもの」  女が星色の瞳を悲しげに伏せる。  彼女の表情に嘘偽りは無さそうだが……まだ白であるという確証はない。  目撃者のふりをした加害者である可能性も捨てきれなかった。 「だったら教えてくれ。あの日、彼女に何があった? 犯人は誰なんだ?」 「答えたいのはやまやまですが、何から説明をするべきか……。私、話し下手ですから。上手く伝わるか不安だわ」  女がおっとりとした動きで頬に手を当てて、深いため息をつく。  そのまま何やら考え込み始めて、三人の間に沈黙が広がった。 「何からでもいいんだ。とにかく事件について教えてくれ」  マイペースな女の仕草に、龍之介が苛立った様子で促す。  うーん、と小さく唸って首を傾げた女を急かそうと、再度口を開きかけた時。  女が何かを思いついたように瞳を輝かせた。 「そうだわ! 言葉で説明するよりも、見せた方が分かりやすいわよね? 嗚呼、なんて名案なの!」  うふふと笑って、女が嬉しそうに胸の前で両手を組み合わせる。  そして、幸人に視線を向けた。 「私は時計の付喪神。時間を巻き戻し、あなた方に直接、あの日何が起こったのかを見せることも出来るのです」 「本当ですか!」 「えぇ、本当です。しかし……それにはあなた様の力を借りなければいけません」 「俺の?」  首を傾げた幸人に、女が穏やかに頷いてみせる。 「私はまだ付喪神として目覚めたばかりで、過去を見せるには力が足りません。しかし、あなたの生命力があれば、不可能ではないのです」  生命力という言葉を聞いて、龍之介が眉を寄せた。  先ほど、この女は幸人を見て"美味しそう"だと言ったのだ。  過去を見せるという言葉は嘘で、ただ幸人の力が目当てではないのか?  龍之介は女の視線を遮るように、二人の間に割って入った。 「俺は人より生命力が強いらしいんだが……俺じゃあダメなのか?」 「残念ですが、質が違いますもの。例え溢れ出るほどの生命力を持っていたとて、あなた様の力は道端に咲くツツジの蜜のようなもの。かたや、そちら様は高級な砂糖菓子。その差は歴然ですわ」  女が困ったようにため息をつくと、龍之介の背中からひょっこりと顔を覗かせた幸人が、くすくすと笑った。 「道端のツツジだって」 「笑ってる場合じゃねぇだろうが馬鹿」 「うぐぅ、いはいれす……!」  眉間に深い皺を寄せた龍之介が、幸人の頬を引っ張る。  なんとかして女の提案を飲まずに情報を得られないかと、龍之介は必死に頭を巡らせているのだ。  それなのに当の本人は緊張感なく笑っているから、少しばかり腹が立つ。  気が済むまでこねくり回してから離してやれば、涙目の幸人が両頬をさすりながら龍之介を見上げた。

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