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◇
その時、市の防災無線から夕焼け小焼けが流れ始める。
幸人と龍之介がポール時計を見上げれば、時計の針は十八時を差していた。
結奈と友人が別れ、その後の行方がわからなくなった時間である。
「それじゃ、また明日ね!」
「ばいばーい!」
手を振り合って、少女たちが公園の外へと向かった。
そのうちの一人が龍之介の方へと駆け出して、咄嗟に身構えたのだが……予想していた衝撃はない。
少女はまるで幽霊のように龍之介の体をすり抜けると、足を止めることなく去って行った。
「ね、映像でしょ?」
幸人が言って、龍之介はそうだなと頷いた。
非現実的でにわかには信じ難いことだが、認めざるを得ない。
今、自分の目の前で起こっていることは、現実ではないのだ。
公園内に一人取り残された結奈は、取り出したスマートフォンで何かを入力しているようだった。
恐らく、護衛に帰宅の旨を伝えているのだろう。
返信を確認し、小さくため息をついた結奈がベンチへと歩き出した時だった。
「こっちよぉ」
歌うように間延びした女の声が聞こえる。
芯のない、どこかぼやけたような印象の声だが、龍之介には聞き覚えがある気がした。
「ここよぉ」
(この声、どこかで……)
呼びかけに全神経を集中させて、記憶を探る。
普段から、こんな喋り方をしている知り合いはいない。
きっと、声質が似ているのだ。
考える龍之介の目の前で、呼び止められた結奈がギョッとした顔で足を止める。
そして慌てて周囲を見まわし、声の主を探し始めた。
その顔に浮かんでいるのは、緊張と期待だ。
ふと、結奈が一点を見つめて足を止める。
大きく見開かれた瞳の先を追って、今度は龍之介が驚く番だった。
「おい、待てよ。なんで義姉さんがここに……」
「こっちよぉ」
そこに立っていたのは、半年前に病死した結奈の母親。
見間違うわけがない、あれは真美だ。
背格好も龍之介がよく知る真美と一致している。
あんな喋り方をしているところは見たことないが、その声は真美の声だ。
「ママ……?」
震える声で呟いた結奈を前に、真美が慈しむような笑みを浮かべる。
そして、ゆっくりと大きく両腕を広げた。
「おいで」
瞬間、結奈が地面を蹴った。
一直線に真美に駆け寄り、広げた腕の中に飛び込む。
「ママ……ママぁっ!」
真美の胸に顔を埋めて、結奈が涙をこぼしながら何度も母親を呼ぶ。
側から見れば、それは感動の瞬間だ。
母と幼い娘の再会シーンは、事情を知らない人間からしてみれば、涙をそそるものだろう。
だが、真美はもう死んでいるのだ。
この世のものではない。
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