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◇
結奈がだらりと垂れ下がった化け物の指を握る。
一人と一柱が歩き出して、公園を出る直前にふっと消えた。
それと同時に、周囲の景色がどろりと溶け出す。
夕暮れが滲んで消えると、空には元の青が戻っていた。
どうやら、過去の再現は終わったらしい。
小さく息をついた龍之介の隣で、ぐらりと幸人の頭が揺れる。
「おい!」
間一髪、膝から崩れ落ちた幸人の体を龍之介が支えた。
覗き込めば幸人の顔色は青白く、苦しげに眉を寄せて浅い呼吸を繰り返している。
明らかに様子がおかしい。
「あら、私ったらはしたない。少し食べ過ぎてしまったわ」
一度ベンチで休ませようと、幸人を抱き上げた龍之介の耳に女の声が届く。
顔を上げれば、頬に片手を当てた女がうっとりと二人を……否、幸人を見ていた。
「テメェ……初めっからこれが狙いだったな?」
「それは誤解ですわ。私は何があったのか、あなた様方にお見せしたかっただけ。……ただ、あまりにもその子が美味しいから」
女の顔は、明らかに呼び出されたばかりの時と違っている。
人形のような整った笑みは鳴りをひそめ、代わりに欲望に濡れた表情で、深いため息をついた。
「瑞々しくて甘酸っぱい、熟れた果実にも似た芳醇な味わい……。嗚呼、贄を欲しがる方々の気持ちも理解出来ますわ」
女が頬に手を当てて、思い返すように目を閉じる。
その様子を警戒しながら見ていた龍之介は、この場をどう切り抜けようか頭をめぐらせていた。
腕の中でぐったりと身を預ける幸人が、自力で逃げることは不可能だろう。
龍之介が守りながらなんとかするしかない。
しかし、相手が何をしてくるかも分からないのだ。
それこそ時を止めるだの巻き戻すだの、予想だにしない方法で攻撃を仕掛けて来る可能性もある。
(ただ、コイツは付喪神だ)
一つだけ分かっているのは、公園内から出てしまえば、女は追いかけてこられないだろうということだ。
「龍之介、さん……」
弱々しい声に名前を呼ばれ、龍之介は女から目を離さないようにして一歩後ずさった。
「おう、無事か?」
「なんとか……」
「これから逃げようと思うんだが……。なんかいい案ねぇか?」
「大丈夫です。これ以上は、手を出せませんから」
幸人の言葉に、女が残念そうに首を縦に振る。
「その通り。あんな約束、しなければ良かった」
贄がこんなに美味しいなんて、思いもしなかったわ。と女が呟いた。
その声にはどこか拗ねたような響きがある。
「ねぇ、その子をここに置いて行くつもりはありませんこと?」
「んなことするわけねぇだろ。結奈の件は礼を言うが、少しでも妙な動きをすれば容赦しねぇからな」
「まぁ怖い」
女が口元に手を当ててクスクスと笑う。
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