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◇
緊張しつつも、原田は龍之介の後をついて荷物を運んだ。
広いリビングへと足を踏み入れれば、幸人がスマートフォンを片手に龍之介に歩み寄る。
「龍之介さん、メッセージ届きましたか?」
「あぁ。流石に物覚えが早いな」
幸人からのメッセージを確認した龍之介が、よしよしと頭を撫でると、幸人は嬉しそうに瞳を細めた。
それから原田を見る。
「ごめんなさい、お使い頼んじゃって……。大変じゃなかったですか?」
「いえ」
「お使いもコイツの仕事の内だから気にすんな」
龍之介の言葉に原田が頷く。
部屋済みとは元来そういうものだ。
兄貴分のこま遣いとして雑用をこなし、小遣いを貰う。
中には下っ端に暴力を振るう者やネチネチと小姑のような嫌味を言ってくる者もいるが……。
龍之介の下で仕事をこなしているうちは、そのような不条理は起こらないため安泰なのである。
机の上に袋を置けば、原田があちこち走り回って揃えた物が顔を覗かせる。
習字用の道具一式に日本酒、野菜や肉なんかの食品は龍之介からのリクエストだ。
「原田さんもメッセージアプリやってるんすか?」
「まぁ、一応は」
「じゃあお友達になりましょう!」
幸人に期待を込めた目で見上げられて、原田は困惑した。
メッセージアプリは一応ダウンロードしている。
しているのだが、幸人は組長の客人であり、龍之介の庇護下にある人物だ。
正直に言って、下っ端がおいそれと近づいていい存在ではない。
指示を求めるように自身の上司を見れば、彼は小さく頷いた。
「……分かりました」
龍之介からの許可が出てスマートフォンを取り出せば、幸人が嬉しそうに顔を綻ばせる。
「原田さんは俺の初めての友達ですね!」
「おい、俺は違うのか?」
「龍之介さんは雇用主でしょ」
幸人の言葉で、龍之介が恨みがましい目を原田に向けた。
当の原田はその視線に気づかないフリをして、スマートフォンの操作に集中する。
出来ることなら痴話喧嘩には巻き込まれたくない。
相手が龍之介なら尚更だ。
「さっきはあんなに仲良くしてたじゃねぇか。お互いの……」
「わー! 何言おうとしてるんですか、やめて下さい!」
ふと、慌てて龍之介の口を押さえようと背伸びする幸人の首筋に、赤い虫刺されのようなものがあることに気づく。
嫌でもその意味を理解してしまって、原田がついと視線をそらした。
「もう! 俺は明日の準備を始めますから!」
不機嫌そうに口を尖らせた幸人が、習字道具と日本酒を手にソファの方へと移動する。
一体、何をするのだろう? と小さな背中を目で追っていると、ポンと肩を叩かれた。
「幸人とのやり取りは、逐一こっちに転送しろよ」
低い声で囁く龍之介の手が、ギチリと原田の肩を掴む。
容赦なく肉に食い込む指先に、原田は何度も首を縦に振るしかないのであった。
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