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◇
絨毯に正座をすると、幸人はローテーブルの上に書道半紙の束を置いた。
高級の文字の上にブランドの社判が押されたそれは、一目で値が張るものだろうと分かる。
「安いのでいいのに……」
小さく呟いて、幸人がため息をついた。
どちらにせよ使い捨てにするものだ、金をかけるのはもったいない。
しかし、どれだけ言っても龍之介は、幸人に高価なものを買い与えるのだ。
(龍之介さんって、金銭感覚おかしいのかな?)
都心のタワーマンションのてっぺんに住んでいるような男だ。
通常、ヤクザがどれほど稼いでいるのかは知らないが、龍之介は確実に金持ちに分類される方だろう。
だからといって、かさむ出費に無関心でいられるほど幸人は図々しくはない。
モヤモヤしつつも、手にした書道半紙に折り目を付ける。
「龍之介さん、ハサミ取ってください」
食材を冷蔵庫に閉まっていた龍之介が、すぐにハサミを持って来る。
それを受け取って、次々に書道半紙を手のひらサイズにカットしていく様子を見ていた龍之介が、不思議そうに口を開いた。
「何作ってんだ?」
「探知の御札です」
チョキチョキと切り落とされた書道半紙を一箇所に纏めると、幸人は次に硯と筆の用意をした。
原田の買って来た日本酒で墨をすると、小さな半紙にサラサラと筆を走らせる。
田の下に九をくっつけ、乙の部分に探という漢字を乗せた、見たこともない文字。
書き終えたばかりの文字にふっと息を吹きかけてから、幸人が龍之介へと御札を差し出す。
「これを塀とか電信柱に貼っておくと、零落神がその前を通った時に俺に知らせが来る仕組みっす。まだあの辺りを徘徊してるのなら、接触出来るかもしれません」
「へぇ、そりゃ便利だな」
御札を手に取り、興味深く眺める。
どうみても文字の書かれた紙以外の何ものでもないのだが……幸人が言うならそういうものなのだろう。
「コイツを作る手伝いは、俺たちにも出来るか?」
「紙を切ることと、裏に両面テープを貼ることなら」
そうかと返事をして、龍之介が原田の方を向いた。
「原田、お前この後予定あるか?」
「いえ」
「なら手伝え」
ハサミを差し出されて、原田が絨毯の上に大人しく正座する。
何も知らない原田からしてみれば、非現実的な幸人の言動を、疑うことなく受け入れる龍之介の姿は信じられないものだった。
まさか、愛人の機嫌を損ねないように話を合わせているのだろうか? なんて思ったが、表情には出さないように気をつける。
「……どのくらいの枚数切れば?」
「事件現場の三カ所周辺に貼りたいので……百枚くらいあれば足りるんじゃないですかね?」
小首を傾げた幸人に、思わず言葉を失う。
こんなことが本当に役に立つのか? なんて思うが、隣を見れば龍之介が文句一つ言わずに作業をしているのだ。
百戦錬磨のヤクザの若頭が、背中を丸めてちまちまと内職をする姿なんて、なかなか見られるものではない。
上司が作業をしているのに、自分がやらないわけにはいかないだろう。
原田は書道半紙を手に取ると、自身も作業を始めたのだった。
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