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「そりゃそうだけどよぉ。でもお前、放っときゃまた無茶すんだろ」  これまでの幸人の言動を見る限り、仕事に対する責任感の強さが伺える。  しかし、その責任感のせいで、昨日のように自身を犠牲にするような真似も出来てしまうのだ。 「一緒に調査したいんなら、昨日みたいな真似は無しだ」 「……善処します」 「それはしない奴の返事だろうが」  龍之介のため息を聞かなかったことにして、幸人が御札片手に駆け出す。  その背中をやれやれと見送って、ふと前方に人が立っていることに気づいた。  黒のスーツをかっちりと着こなした若い男。  目を細めた猫のような顔をしたソイツが、御札を貼り付ける幸人をジッと眺めている。  通勤途中のサラリーマンかとも思ったが、男は手ぶらで荷物を持っていなかった。  その表情に、妙な紙を貼り付けてまわる少年を、不審に思って見ているという雰囲気はない。  むしろ興味深いとでもいうように、顎に手を添えてまじまじと幸人を観察している。 「おい、あんまり離れるな」 「わ!」  龍之介が足早に幸人へ近寄ると、腕を掴んで強引に引き寄せた。  突然のことにバランスを崩し、勢いもそのままに幸人がぽすりと龍之介の胸に頭を埋める。 「もー! いきなり何するんすか!」  慌てて離れようとした幸人の背中に、たくましい腕が回った。  ガッチリと抱きしめられると、心臓の音がうるさいくらいに高鳴る。  幸人は真っ赤になって抗議しようとするが、見上げた龍之介が警戒した面持ちで前方を見据えていることに気づいて、その視線を追った。 「あの男、知り合いか?」 「いえ……知らない人です」  低く囁かれて、幸人が小さく首を横に振る。  もしや幸人を追って来た村の人間か? と思ったのだが、どうやら違うらしい。  男がニコニコと人当たりのいい笑みを浮かべながら近寄って来て、龍之介は幸人を背に庇う。 「突然すみません。そちらの霊符、拝見してもよろしいでしょうか?」 「なんのことだ?」 「今、お連れ様が電柱に貼っていた紙のことですよ」  あからさまに不信感を露わにする龍之介。  けれども男は意に介した様子もなく、にこやかな笑みを崩さない。 「あの、同業者の方ですか?」 「はい。私、こういう者です」  龍之介の背中からひょっこりと顔を覗かせた幸人の問いに答えて、男が背広の内ポケットを探る。  革製の名刺入れから名刺を一枚取り出すと、丁寧に龍之介へと差し出した。 「……霊能力者保護管理局、煌羽?」  揚羽蝶の家紋と共に並んだ仰々しい漢字の羅列を読み上げて、龍之介が眉間に皺を寄せる。  男の笑みも相まって、実に胡散臭いことこの上ない。  それに、この保護管理という部分が気に入らなかった。

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